「プロイ」がもたらすギャップとは何か

 では、経営戦略のもう一つの側面であり、1984年のヘンリー・ミンツバーグの論文がすでに言及している「プロイ」とは、どのようなあり方なのだろうか。

 それを考えるうえでは、欧米で用いられる経営戦略の教科書の中でも、経済学の理論に立脚しているロバート・グラントの『グラント 現代戦略分析』が特に参考になる。この教科書は、外部要因を扱う第3章と内部要因を取り扱う第5章とは独立した、「産業分析と競争分析における追加的話題」という第4章を設けている。そして、個々の企業における動態的な状況に依存した意思決定の連鎖が、結果的に自社の経営戦略に大きな影響を与えている事実を詳細に解説している。

 同書では、いくつかの寡占市場の事例が解説されている。たとえばペプシコーラの戦略は、自社の内部環境よりも、清涼飲料水産業の構造によりも、コカ・コーラの戦略とそれに対応するマーケティング戦術によって決められていると説明する。同様に、ロイターの競争戦略はブルームバーグの競争戦略に影響を受けており、ボーイングのそれはエアバスの競争戦略に影響を受けているという。

 たしかに寡占市場で競争する大手企業の経営戦略は、産業構造や内部資源よりも競合の戦略に大きく影響されうる。そしてその行動は、比較的単純な要因で表現できることも多い。たとえば鉱物や化学薬品、農作物などのコモディティ商品であれば、出荷数量とその価格が重要となる。また携帯電話事業であれば、料金プランの設計が大きく影響を与える。

 個別企業の意思決定に影響を与えうる競争環境の影響は、外部環境分析の枠組みに取り込まれている。しかしプロイが取り扱うのは、現実の経営戦略が、マクロ的な産業構造の力学の帰結であるというよりも、よりミクロ的な相互の読み合いと摑み合いであるという可能性である。

 現実では、多くの実務家の意識は競合他社に支配されている。冷静で客観的、そして網羅的な既存企業の競争関係分析から、論理的に自社に最適な行動を描き出している実務家はどれだけいるだろうか。産業構造を意識するよりむしろ、競合の新製品にどのような機能が搭載されているか、その仕様が自社製品と比較してどうかの理解に多くの時間が割かれているのである。

 意思決定者の決定は、現実的には極めてシンプルな誘引に大きく影響されており、個別の意思決定の集合である組織の意思決定においても、多かれ少なかれその傾向がある。したがって、ゲーム理論の知見と、それをもとに発展するマーケットデザイン研究やリアル・オプションの応用可能性は極めて大きい。

 なおマーケットデザインとは、ゲーム理論の知見をもとに制度設計を行い、それが現実で想定通り機能するかをシミュレーションや実証実験で検証する、実践的な学術分野である。またリアル・オプションでは、たとえば競合との競争を時間軸上に存在する繰り返しゲームとして捉え、現時点で取りうる戦略オプションの価値を算出する。こうしたより数学的な考え方は、不確実性の高まった現代において、考え方の軸として有用となり得る。曖昧なものを算定可能なものとして捉え、論理的に議論することを可能とするからである(もちろん、現実的には発展途上の側面も否めないのは事実である)。

 さらに、行動経済学で議論されるようなヒューリスティックな要因が意思決定当事者の判断に与える影響を加味すれば、外部環境と内部環境のシンプルな分析だけで立案された経営戦略を超えて、より質の高い経営戦略が立案できる可能性がある。これもプロイとしての経営戦略の立論である。

 組織の経営戦略という文脈で属人的な要素を議論することは、一見すると非合理に見える。しかし、現実の経営戦略が限られた数の人間によって属人的に決定されている事実を加味すれば、これも不思議ではない。実際、経営戦略のフロンティアには、トーマス・パウルが「ニューロ・ストラテジー(Neurostrategy)」と呼ぶような、経営者個人の脳内の活動を分析することで、脳科学の知見を戦略研究に役立てようとする方向性も存在する[注2]。

 これまで紹介してきたような、ミンツバーグの言う、ポジション、パースペクティブ、プロイの3つ、いわば経営戦略の「How」は相互に重なりを持ちながら共存している。そのためこうした多様な考え方は、それぞれが異なる見方を否定するものではない。

 たとえば、競争戦略としてマイケル・ポーターらによって広められたポジションの議論は、のちにジェイ・バーニーらが理論化した資源ベース理論を中核とするパースペクティブの議論とともに進化してきた。外部環境分析を中核としたポジションの議論と、内部環境分析を中核としたパースペクティブの議論は、相互に両立可能であり、それをうまく組み合わせることでよりよい知見を得ることができる。たしかに現代では、ときに外部要因とも内部要因とも関連付けが困難な戦略行動をも取り扱うプロイが、次第に大きな潮流となりつつある。しかしこれも、ポジションとパースペクティブの議論を補完するものであり、否定するものではない。

 すなわち、現代における経営戦略の「How」の全体像を捉えようとするならば、ポジション、パースペクティブ、プロイの3つの柱をすべて理解する必要がある(図2参照)

図2:現代における「How」としての経営戦略の探求

[注2]詳しくは、Powell, T. C. 2011. Neurostrategy. Strategic Management Journal, 32(13): 1484-99. を参照のこと。