ビッグデータの力で学習は変わる

山口文洋(やまぐち・ふみひろ)
リクルートマーケティングパートナーズ 代表取締役社長
ITベンチャー企業にてマーケティング、システム開発を経験。2006年、リクルート入社。進学事業本部で事業戦略・統括を担当したのち、メディアプロデュース統括部に異動。社内の新規事業コンテストでグランプリを獲得し、「受験サプリ」(現スタディサプリ)の立ち上げを手掛ける。2012年に統括部長に着任し、2015年4月より現職。

柳川 そのためには、データの力をより活用することが重要ではないでしょうか。ビッグデータ関連のビジネスで何が有望かといえば、私は教育産業だと思っています。どこで子どもが間違えやすいのか、どう教えると理解しやすいかなどは、まさにビッグデータを活かせるところだと考えています

 これまで、それらは先生の経験に基づいていました。たしかに経験も大切ですが、各先生の頭の中と限られた周囲の人だけで完結してしまうので、その優れた経験の蓄積が他の人に移行されません。その知見がデータによって示されれば、そこから生まれる価値はとても大きいのではないでしょうか。

山口 私たちもまさにそれが大事だと思います。実は先日、人工知能(AI)研究の日本の第一人者である、東京大学の松尾豊先生の研究室と共同研究した成果を発表しました。私たちは、現在の教育制度を変えることと同時に、明治時代から続く学問の体系を変えることにもチャレンジしたい。

 たとえば日本では、数学・物理・化学がそれぞれ別々の科目に分かれています。数学なら数学、物理なら物理と、それぞれがすべて直線上に並んでしまう。世界史や日本史も同じです。しかし、本来は横のつながりも持っていたはずのものが縦割りで独立して教えられることにより、それが学習の妨げになっていると思います。

 これは松尾先生によるお話ですが、たとえば数学という学問は直列ではなく、すべてネットワーク体系になっているそうです。足し算、引き算、微分積分というそれぞれが、直線ではなくネットワーク上でつながっている。スタディサプリの裏側でもこのネットワーク体系が構築されています。

 足し算の次は引き算、その次はかけ算と割り算というように直線的に考えると、「理解できなかった部分はここ」と分断された点で現れますが、実際はその躓きが思いもしないところにつながることもあるのです。私たちは各単元の習熟度を詳細なデータとして保有しているため、それを分析することで「ここでつまずいたら原因はここにある」と遡ることもできますし、反対に「この単元には関係しないから、いまはわからなくても先に進んでも大丈夫」ということがわかります。

 さらに、私たちの手元には小学校3年生から高校3年生までの学習ログがどんどん溜まっていきますので、それを解析することによって、「将来、この子はここでつまずきやすい」という長期的な予測までが可能です。いまディープラーニングを使ってその検証を進めており、すでにかなり高い精度で実現しています。

柳川 それはすごいですね。

山口 こうした成果を学校の先生たちにフィードバックすれば、先生の教え方や時間のかけ方の参考になると期待しています。いまは数学を中心に仕組み化が進んでいますが、今後は他の科目でも応用できると考えていますし、数学と物理と科学などのように科目を超えた躓きの原因を予測できるようになると思います。これはまさに、データを使って初めてできることではないでしょうか。

柳川 大袈裟な言い方をすると、ビッグデータによって学習に革命が起きる可能性がありますね。これまで学ばせ方や教え方はほとんどデータが使われていませんでした。しかし、この分野にはこれから大量のデータが集まってくるので、その分だけ伸びしろがあると言えます。

山口 学習分野でビッグデータを活用する可能性はもう一つあります。それはどういうスケジュール、どんな順路で勉強するのが最善か、その選択肢を提案すること、つまり学習プランニングです。それを導き出すには、「この問題を解けた」「模擬試験が何点だった」という単純な学習ログではなくて、その子の生活サイクルやゴール設定などのデータが必要です。

 そこで私たちは、これまで「リクナビ進学」としていた進路選択支援と、スタディサプリで展開していた学習支援をくっつけて、学校で活用してもらえる形にしました。進路には生徒の適性適職アセスメント、そこからの第一志望大学などの進路情報をすべて納めています。この大学を志望するこんな性格パターンの人は、どんなスケジュールで勉強すると合格したかをデータ化することで、より具体的なアドバイスができるのではないかと思っています。

 さらに、これは商業用ではなく研究用として、国ごとの教育環境や学び方の違いが、結果としてどういう学習パターンになるのかを科学したいと考えています。スタディサプリの海外版や先生向けのプラットフォームを東南アジアや中南米などでもやっているため、日本とフィリピン、日本とメキシコの子どもの違いなどを導き出すことを期待しています。そうした世界的な教育調査によって、教育分野の科学が進むとともに各国ごとの違いも明らかになるはずです。それを同時並行でやりたいんです。そのデータは教育業界の底上げに使いたいと思っています。

柳川 これまで、あなたは偏差値がこうだからこの学校を受けなさいというタイプの情報処理は行われてきましたけど、教え方や学び方はほとんどデータ処理されてきませんでしたね。

山口 おっしゃる通りで、これまではこの高校や大学はA判定といった出口の審査情報しかありませんでした。でも本当に大事なのは、いままで学習してきたことを本当に理解しているのか、どこを苦手としているか、もしくは将来どこでつまずきそうなのかということを指摘してあげ、効率的に学ぶことではないでしょうか。

 スタディサプリは大学受験を前提とした進学校だけでなく、高校卒業後に就職する生徒も多い「進路多様校」にも導入されています。なぜかといえば、学校の授業について来られない生徒が多いという課題があるからです。しかし、先生はそれぞれの生徒がどの科目のどこでつまずいているかわからず、どう指導していいか困ってしまう。また生徒にすれば、昨日わからなかった授業が今日また一歩進むわけですから、何がわからないかを理解できるはずがありません。

柳川 それが中退率の高さや不登校にもつながっている。

山口 先生の負荷が大きすぎる現状において、データの力を活用して新たな教育の仕組みをつくることで、授業は一斉でも一人ひとりに適した指導ができるようになります。それは私たちだからこそできる挑戦だと思います。

柳川 山口さんは大きな理想を掲げる一方で、そこに到着するまでの歩みは一歩一歩着実に進めています。理想だけでは前に進めないところに教育問題の難しさがあることは私も日々痛感しているので、だからこそ頑張ってほしいです。