「ポケモンGO」ブームが私たちに問いかけるもの

――VRと並んで、拡張現実(AR)や複合現実(MR)といった技術も注目を集めています。それぞれ違いは何ですか。

 VRもARも兄弟みたいなもので、かつては混然一体となっていました。実は、第ゼロ世代とでもいうべきVRは1968年に登場しています。アイヴァン・サザランドという計算機科学者がCGのインターフェースを発明し、「コンピューターでつくり出す空間のなかに入り込むことができる」と言ったのです。彼がやったのはシースルーです。HMDを装着すると外界が見えて、それは実際の部屋に線画の空間を重ね合わせるものでした。いまにして思えばARです。

 それから20年後、我々の研究室が最初につくったHMDもシースルーでした。HMD越しに壁の向こうにある配管を見せたり、人間の頭に脳みその絵を重ねたりしていました。もともとVR的なものとリアルなものを重ねるARの技術の特徴は、第一に座標軸を一緒にすること。「ポケモンGO」なんかもそうでしょう。その次に照明が一緒で、影を同じようにつけることです。最初はそう思っていました。

 ところが、実はAR技術の本質は「屋外」にあったのです。リアルな世界は広いですから、それに適合したVR技術は広い領域をカバーできないといけない。1990年代後半、MR技術の開発を目的にキヤノンと通商産業省(当時)がJVでエム・アール・システム研究所を設立しました。この時もシースルーのメガネをつくったのですが、AR技術に絞った研究開発を進める最終段階で結論づけられたのは「ARは屋外」ということでした。

 考えてみれば、VRは基本的にテレビと同じようなもの。いまここに居ながらにしてニューヨークやパリの町を見物できるとか、基本的に、目の前の現実世界とまったく関係のない世界を体験できるという技術です。一方、ARは現実の世界にバーチャル世界を重ねるので、小さな部屋のなかだとすぐに飽きてしまいます。ですから商店街とか、大学のキャンパスとか、見て回って飽きないある程度の広さが必要になります。

 ARという言葉がきちんとした形で出てきたのが1990年代半ばぐらいです。幸いにして、ちょうどその頃、モバイル技術も出てきて、携帯電話やノートPCを持って外に出かけるようになったのです。その後、スマートフォンが普及し「セカイカメラ」が登場しました。そんなには広がりませんでしたが。そして、「ポケモンGO」に至る。振り返ってみると、いろいろな技術がコ・エボリューションしている感じがわかりますね。

――話題の「ポケモンGO」については、どのような感想をお持ちですか。

 完全にノーマークでした。ナイアンティックが「ポケモンGO」に先駆けて開発した「イングレス」はよく知っていました。スマホ向けのオンラインゲームにAR技術が利用されることで、ユーザーが一気に増えましたが、「ポケモンGO」はその比ではありません。もはやARとは何かわからないという人はいなくなったのではないでしょうか。「ARが地域創生に役立つ」といっても、地方の温泉旅館の女将さんはピンと来ないかもしれませんが、「ポケモンGO」みたいなもの、と説明すれば伝わるようになったことは、ものすごい威力を感じます。

 ところが、世界的なブームにもかかわらず、日本にはお金が落ちないことがわかって、任天堂の株価が乱高下しました。既存産業を破壊するデジタル・ディスラプションの身近な例として、「ポケモンGO」ブームは私たちにいろいろなことを問いかけていると思います。