実務と理論に橋をかける

 こうした問題意識を背景として、本連載ではまず、経営戦略の領域における実務と理論の架け橋を目指す。ただしそれは、両者の中間地点を取るような、ざっくりとした解説をするというわけではない。一方では、社会科学としての経営戦略の理論的な議論を紹介しつつ、他方では、実務家に対する意味合いを問い直す。

 そのためにも経営戦略の「流れ」を重視して、一つひとつの考え方の間に存在する相互のつながり、遷移をしっかりと読み解くつもりだ。それは特に、歴史的文脈という流れであり、理論的発展の経緯という流れである。

 社会と経済が発達するにつれて、経営戦略もその姿と形を変えてきた。ある一つの理論が生まれてそれが支持され応用される一方で、その理論の限界が指摘され、新しい理論が台頭してきたのである。

 たとえば、なぜマイケル・ポーターの競争の戦略に続いて、ゲイリー・ハメルのコア・コンピタンス経営が生まれたのか。ポーターのように、まず産業構造を分析することで企業の戦略行動を決定する方法論が一世を風靡したのち、ハメルのように自社の競争優位の源泉を丹念に紐解くことから、自社の事業領域や戦略の方向性を決定する考え方が受け入れられるようになった。

 この発展を理解するためには、SCP(Structure-Conduct-Performance)理論に対するポーターの貢献、そして、その説明能力の限界に対する実証研究をひも解く必要がある。また、歴史的文脈の理解も必要である。第二次世界大戦後の大量生産時代への経済成長。安定成長期における企業間競争の時代。消費者の成熟に伴う市場の細分化と流動化。さらには、それに伴う産業構造の不安定化を理解しなければ、なぜ一斉を風靡した理論体系に対して新たな理論体系が挑戦権を得たのかは理解できない。

 極めて厳密な議論に踏み込めば、乱暴に見える取りまとめをすることもあるかもしれない。実際のところ、こうした流れに対する一葉の答えは存在しないため、どれほど優れた解説をしようとも、どこからか必ず批判が登場し、お叱りを受けることになるだろう。しかし、流れを理解するための一つの方法を提供することはできるはずだ、と私は考えている。

 なお、本連載は以下の大枠で進めることを予定している。

 1. 経営戦略とは何か:定義、系譜、応用範囲
 2. 起源を追う:経営戦略の前史
 3. 経営戦略の原点:戦略計画と予実管理
 4. 外部環境から考える:SCPの発展と事業環境の分析
 5. 内部環境から考える:RBVの発展と経営資源の分析
 6. 事業戦略を立案する:外部から考えるか、内部から考えるか
 7. 全社戦略を立案する:どこまで社内に取り入れ、どこに投資するか
 8. 戦略の実行:事業計画、管理会計、進捗管理、KPI設計
 9. 戦略の浸透:インセンティブ、組織フィールド、リーダーシップ
 10. 新興企業の戦略:意図されない戦略を、どう意図的に作るか
 11. 国際的な事業環境 :国境を超える経営に、どう戦略的に取り組むか
 12. 経営戦略の未来:人工知能、ロボティクス、VR/AR、IoT

 1、2、3は、いわゆる「経営戦略」とは何かを、できるだけ広い定義でカバーする。我々がそれを「経営戦略」と呼ぶ前から、それに類する概念を、我々はすでに実践していた。人類の歴史を紐解きながら、その概念がどのようにその焦点を遷移させていったかを探る。その上で、経営戦略の原点である、予算管理と戦略計画の全盛期を振り返る

 4と5は、戦略立案の基礎となる情報の分析である。4は、外部環境を軸として現状を把握する系譜であり、たとえばマイケル・ポーターのファイブフォースはこの系譜にあたる。5は、内部環境を軸として現状を把握する系譜であり、例えば、J. B. バーニーのリソース・ベースド・ビューやゲイリー・ハメルのコア・コンピタンス経営はこちらの系譜である。

 6と7は、外部環境と内部環境の現状把握に基づき、単一の事業戦略をどのように立案するか、そして複数の事業のポートフォリオ管理ともいえる全社戦略をどのように立案するかを考える。6の事業戦略は、まさに4と5で議論した外部環境分析と内部環境分析の組み合わせで収集した分析に基づき、意思決定をいかに行うかを取り扱う7の全社戦略は、究極的にはどこまでを自社内部に取り込み、どこに投資を行うかの意思決定であり、これに関連した議論をカバーする。

 8と9は、狭義の経営戦略の範囲からは外れる内容とも言えるが、それをどのように実行、実践するかという考え方を二つの方向性から紹介したい。

 8は「数値の管理」を軸とした系譜である。実際の企業経営の現場では、これが主軸となって経営の現状が把握され、またそれに対する打ち手が立案されている。極めて伝統的な経営計画の世界から、新興企業で用いられるようなKPI管理まで、できるだけ幅広くその実態を紹介したい。

 9は「数値の管理」ではなく「考え方の管理」である。企業は、従業員に適切なインセンティブ(報酬)を与えることで、その行動の方向性をガイドする。また、ビジョンや行動規範を丁寧に繰り返し提示することで、特定の考え方を共有する個人の集団によって構成される、組織フィールドを醸成する。そしてもちろん、リーダーたる経営陣が、組織の方向性を示し、先導しており、これはまさに「考え方の管理」といえるだろう。

 10と11は、特に現代の経営戦略となっている課題について取り上げる。10は、新興企業のように経営計画を立案しづらい組織、意図しない成果が多発し、意図しない失敗に直面する組織の戦略を、どのように考えればいいかを議論する。11は、国際的な経営環境において4から8で取り上げたような考え方をどう実践していけばいいかを補足したい。

 最後に、12はまさに経営戦略のフロンティアとなりつつある分野を扱う。人間の知能と知覚を拡張する技術の広がりが、経営戦略の常識をどうのように変えていく可能性があるかに関して、議論を進めたい。

 私自身もいま、「普遍的な法則性」を探し求める調査研究を進めながら、しかし実務家の方々に「最適な処方箋」を提供しようとしており、二兎を追い求めている人間である。本連載を通じて、自分の中に散らかっている思考を再度整理し、経営戦略という軸をおいて、これに関わる主軸の議論を再整理し、良質な読み物として取りまとめることができれば幸いである。

 次回は、通常の経営戦略の書籍では数行しか議論されない、経営戦略の定義について考えてみたい。これは簡単なようでいて、実は深い議論となるはずである。

 

【著作紹介】

『経営戦略原論』(東洋経済新報社)

有史以前からまだ見ぬ近未来まで――経営戦略の系譜をたどり、実践と理論の叡智を再編する。経営戦略論は何を探究し、科学として、実務として、どのような発展と進化を遂げてきたのか。本書は、有史以前からAI時代まで、戦略論の議論を俯瞰する壮大なストーリーである。

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『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)

マッキンゼー×オックスフォード大学Ph.D.×経営者、3つの異なる視点で解き明かす最先端の経営学。紀元前3500年まで遡る知の源流から最新理論まで、この1冊でグローバル経営のすべてがわかる。国家の領域、学問領域を超える経営学が示す、世界の未来とは。

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