現代の経営戦略が直面する課題

 おぼろげながらも実務と理論の両面が理解できつつあるいま、私が再確認しているのは、経営学の実学としての側面と社会科学としての側面の間にある、極めて大きな断絶である[注]。そして、経営学の中でも「経営戦略」という領域では、この問題が色濃く発生しているのではないかと考えている。

 たとえば財務、税務、会計、生産管理、在庫管理、配送管理という領域は、相対的に「最適な処方箋」と「普遍的な法則性」の隔絶が小さいように思える。なぜなら、数字を軸にした論理的かつ構造的な検討が可能であり、個別の事象間に存在する差異も考慮可能な範囲に収まる傾向にあるからだ。

 その反面、経営戦略、マーケティング、リーダーシップ、イノベーション、アントレプレナーシップといわれるような領域は、相対的に「最適な処方箋」と「普遍的な法則性」の隔絶が大きいのではないか。多様な要因が複雑に絡まりあいながらそのプロセスや成果が決定されており、個別の事象間の差異が大きく、さらには再現性の担保が極めて難しいためである。

 なかでも経営戦略は、「創発的な戦略」と言われるような、意図されない成果につながった数多くの戦略が観測されるようになり、伝統的な理解が通用しなくなっている。マーケティングやイノベーション研究の分野でも同様の傾向はあるだろう。しかし、経営戦略は環境の分析、戦略の立案、その実行から、さらには成果に繋がるまでのプロセスがさらに複雑かつ長いため、この傾向はより強くなる。

 古くから存在するような競争、たとえば寡占化した市場における、代替材のない単純な商材をめぐる競争のように、「普遍的な法則性」に近いものも存在する。しかし、産業成長の中核に存在するような産業や、商品・サービスにおける勝利の方程式を説明しようとすると、途端に「最適な処方箋」と「普遍的な法則性」との間のギャップが大きくなる。

 伝統ある経営戦略という領域も、経営学の流行に抗うことはできなかった。いま、まったく異なる方向を向いた二兎を負わざるをえない困難に直面しつつある。

[注]この問題意識は、すべての経営学者が共有していながらも、永遠の課題としていまだに残されているのではないか。たとえば、経営戦略のトップジャーナル『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』は、実務的な貢献と意味合いをより全面に押し出す編集方針に転換した。また、いまから12年前、世界最大の経営学の学会である「アカデミー・オブ・マネジメント」の年次総会のテーマは、「Creating Actionable Knowledge (実行されうる知見を創造する)」だった。