実務の常識は
研究の非常識だった

 私は、8年ほど実務家としての修業期間を経たのち、研究者への道を歩み始めた。

 実務家としての最初の4年間は、大学生をしながら3つの小さな会社を経営していた。その後、コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに在籍してからは、日本とドイツを拠点に世界9ヵ国でさまざまな経営課題の解決支援を行っていた。

 会社を経営していた頃の私は、古本屋に行っては書籍を探し求め、実際にたくさんの本を読み漁った。ただし、実務の参考になったのは経営学の教科書や戦略理論ではなく、著名経営者が説く実践的な経営手法だけである。給料日に現金を用意できるか悩み、1ヵ月先の受注を確約できるか苦闘する中で、きれいにまとまった理論は大きな意味を持たない。それよりも先輩経営者のノウハウや体験談のほうがよっぽど役に立った。またコンサルタントとして経営支援に携わるようになってからも、教科書に載っているフレームワークや理論をそのまま使うようなことは一度としてなかった。

 理論を理解しても、実務に活かすことはできない。この想いは、ほとんどの経営者に共通するのではないか。では、実務を理解することで、理論の理解が進むようにはなるだろうか。

 オックスフォード大学の経営学の研究課程に進学した当初、実務家としての経験を活かせば、研究者としての研鑽も順調に進むだろうという甘い考えを持っていた。しかし、その希望はすぐに打ち砕かれることになる。

 一言で言うと、私にはほとんど意味がわからなかった。一流の査読ジャーナルでさえも、それをもとに経営を実践しようとしたら、ほとんど役に立ちそうにない議論が絶賛されていた。いわゆる研究書を手に取れば、そこに書かれていることは複雑すぎて、明日からの実務にはとうてい関係があるようには思えなかった。いまでこそ、それらの議論の匠と学術的な価値は理解できる。しかし当時の私には、言葉遊びにしか見えなかったというのが正直な感想である。

 たとえば、コンサルタント時代は究極的に、クライアントの意思決定権者に寄与できるかが重要とされていた。彼らが判断を下すために必要な情報を限られた時間で取りまとめ、たとえ不十分な情報や不確実性の中でも、できる限り最善の判断ができるように尽力するのが仕事だった。厳密性や網羅性はそこまで求められておらず、極端な場合、サンプル数が30しかない定量調査や、数件のエキスパートインタビューに基づく判断が許容されることもあった。いわゆる「80:20」の世界、すなわち8割わかっているならば2割はわからなくていい、という世界である。

 また、過去がどうであったかもそれほど重要ではない。未来を正しく洞察できるか、その一点のみに価値を見出していたからである。

 一方、学術の世界ではまず、科学的なお作法に忠実であらねばならない。「インタビューをしました」ではすまされず、どのような人物を対象に、どのようにコンタクトを得たのかから明らかにする。そして事前にインタビューの構成を詳細に煮詰め、当日は誘導なきよう客観的に、すべてを記録しながら、相手のありようをそのまま引き出す。結果はすべて文字に起こし、その分析の過程も詳細に記録することで、第三者が分析を検証し、できる限りの再現性を担保できるようにする必要がある。

 その結果として何を主張するかについても、自由度がほとんどない。たいていの場合、「面白い結果が出ました」では学術的な価値を持たないのである。 他の研究結果や論文を洗い直し、自分の発見がどのように解釈できるかを、研究の系譜の中に編み込み直さなければならないのだ。そこには、厳密性、網羅性、理論的な複雑性という三重苦が存在していた。

 そもそも、過去を知らない時点で相手にしてもらえない。自分なりの問いを立てるために、これまでにどのような問いが立てられたのかを丹念に読み解く必要があるからだ。問いを立てるためだけに、3ヵ月以上を要することすらある(コンサルティングのプロジェクトであれば、3ヵ月もあればすべてが終わっている)。

 ともに「経営」を扱っていながらも、研究の世界は、それまでの実務の常識がまったく通用しない世界であった。未来への遺産として残すべき学術的な知見を生産していく作業と、ある特定の産業の特定の事業領域において、目の前にある事業の明日の売上を立てるための作業はこれほどまでに違うのかと、途方に暮れたのを覚えている。

 そして、ようやく自分なりの理解を得ることができたのは、実務から離れ、修士と博士の研究で理論にどっぷりと浸かる生活を続けた5年間を終えてからのことである。