●「愛」という言葉を使う必要はない

 これほど定義の難しい言葉があるだろうか。自分は愛情を重んじるリーダーだ、と私的な場で我々に語る幹部たちのなかには、loveという言葉を明確に使う人もいれば、使わない人もいた。さらに、その意味も理解の仕方もまちまちであった。そこで我々は、愛の定義をめぐって思い悩まなくてもよいという結論に達した。

 思いやり、尊敬、親切といった言葉を使いたければ、それで構わない。その核となる概念は同じであり、「他者の幸福に対する配慮を意識的に表現する」ということだ。自分なりに愛情の意味合いを決めて、とにかく実行すればよい。

 さらに付け加えると、それを言葉で表明する必要すらない。実際に我々と話した組織幹部のほとんどは、愛情を公言しているわけではない。その代わりに、行動、方針、製品、サービスなどでそれを表しているのだ。

●愛情はオペレーティングシステムのようなもの

 ビジネスにおける愛情を理解するには、それを価値観、あるいは思考の枠組みや意図のようなものと捉えればわかりやすい。この価値観は、行動と態度を通じてさまざまな形で表現される。言い換えると、愛情を表す行動や能力に関する明確なリストは存在しないのだ。

 また愛情とは、職能要素(戦略、財務、販売、製品開発、人事など)と同列のものではない。むしろ、組織の理想的なオペレーティングシステムだと考えてはどうだろうか。すなわち「LoveOS」とでも呼べるもので、これが戦略や財務などの「アプリ」を支えるのだ。実際のテクノロジーを見ればわかるように、優秀なオペレーティングシステムがあれば、アプリ自体の動きはもちろん、他のアプリとの連携も向上する。

 愛情をテクノロジーに例えて矮小化することには注意が必要だ。しかし、我々と組織幹部との対話では、この方法は2つの点を説明するうえで便利である。まず、OSはアプリ群を統合的に機能させるうえで決定的に重要であること。同時に、その存在は個々のアプリよりも見えにくく目立たないことだ。

●愛情とは必ずしも、美しく胸躍るものではない

 職場で愛情を表現するには、困難を伴うことが少なくない。愛情とは、衝突や難しい会話を厭わないということだ。この点については、マーティン・ルーサー・キングなども指摘している。「愛なき力は無謀かつ暴力的になりやすく、力なき愛は感傷的で弱々しい」

 我々の研究でも、愛情を重んじる組織におけるそうした事例が浮き彫りになった。たとえばスーパーボウルの優勝チーム(シアトル・シーホークス)や、ラグビーのチャンピオンズカップ優勝チーム(英国のサラセンズ)。社員に給料を払うべく奮闘する起業家。リストラをめぐり苦悩する大企業もそうだ。

 職場における愛情のこうした一面について、リーダーは「厳しさを伴う愛」という表現を用いることが多い。愛情とは、「和」への順守や迎合ではなく、それを隷属的あるいは偽善的に重んじることでもない。