では、この相性の良し悪しは何で決まるか。まず考えられるのが、お互いの共通点を多く持っていることです。同じ経験を長くした人同士は分かり合える。同じような環境で過ごしてきた同士なら、価値観が近い。

 一方で逆のパターンもあり、補完関係で成り立つ相性の良さです。几帳面で何事も前倒しに仕事をする人と、楽観的で土壇場で力を発揮する人。一人で熟考するのが得意な人と社交的で人との関係づくりが上手い人など。よく共同経営者と呼ばれる人にお会いすると、「お互い得意なことが逆なんです」などという話をよく聞きます。

 どちらが真実なのか、あるいはどちらも真実なのでしょうか。私は土台になる部分に圧倒的な共通する、あるいは共感し合えるものがあるうえでの相違点の価値だと考えています。価値観や美学という根底に違和感は必要なく、発揮される行動面でのスキルの違いが求められるのではないでしょうか。さらに言えば、お互いに熟知しあった相手だからこそ、両者の違いが明確になるのであって、広く多くの人の中から見れば、この二人は両者がいう「違い」よりも「似ている」点の方が大きいのではないか。

 そしていま一番考えているのは、この「相性のよい相手」に出会う確率はどうすれば上がるかです。その上で「相性がいい」とは何かをもう一度考えています。何かの共通点が大事だとしても、その共通点は同じ経験をしたことだけではありません。

 私の知人で年齢が20歳ほど下なのですが、とても親しくしてもらっている人がいます。彼はいまでこそビジネスの世界にいますが、元スポーツ選手。僕とは過ごした環境も違えば世代も違う。見てきた風景も大きく違うはずです。同じ経験をした仲でもありません。そんな彼と話していると、とても楽しいし非常にインスパイアされるのです。

 さらに彼の奥さんとは数回だけ会ったのですが、奥さんと私とがさらに話が合う。彼女は東北出身で、専業主婦で子育てに追われていて、ビジネスの経験もさほどありません。年齢、性別、育った地域、仕事の経験など、まるで共通点はないのに、彼女の話は面白いし、そこからついつい自分の話をしてさらに盛り上がる。話にとても共感できるし、自分の話もよく理解してもらえる印象があります。単に会話相手として楽しいだけかもしれませんが、コミュニケーションのプロトコルが見事に一致しているのです。

 仕事に限らず、こういう人との出会いが増えると人生はどれほど豊かになるでしょう。そしてこのような相手と出会う確率が高い社会は、どのようにして実現するのか。人工知能のアルゴリズムがそのカギを見つけてくれるのか。ソーシャル・メディアがそれを可能にするのか。ネットワーク社会で人とのつながりが飛躍的に増していますが、人間は贅沢にも、まだまだ本当に結びつきたい人との出会いを求めているのです。(編集長・岩佐文夫)