イノベーションに対する
3つの先入観

 オープン・イノベーション、デザイン思考などの方法論は、日本企業の経営者の中にも広く認知され活用されるようになってきたが、一方で「イノベーションを経営する手法」自体は、方法論としてまだ十分に理解されていない。それどころか多くの経営者の中には、いまだ誤った3つの先入観が存在し、本質的な取り組みの推進を阻害している。

 1点目は、特に日本企業の経営者に根強い「イノベーションはマネージ(計画・管理)すべきでない」という先入観だ。中期計画などでイノベーションへの掛け声は高らかに掲げるものの、それ以上の取り組みはすべて現場任せになっている日本企業は驚くほど多い。世界3,000人超の経営者を対象にした「GE Global Innovation Barometer 2014」(*)によれば、「イノベーションを成功させるために当てはまるプロセスは①②のどちらか」との問いに対し、「①きちんとしたイノベーション・プロセスを通じて、計画的に生み出している」と回答した経営者は、グローバルでは62%に対し、日本では40%であった。一方、「②クリエイティブな個人のやりとりから自発的に生まれてくる」と回答した経営者は、グローバル38%に対し、日本では60%と数値が逆転する。

http://www.gereports.com/innovation-barometer-2014/

 2点目は、「イノベーション推進は技術屋の仕事」という先入観である。顧客・社会基点での取り組みがイノベーション推進において重要であることは経営者にも認知され始めているものの、実態としてはイノベーション活動がR&D部門に閉じてしまっているケースも依然多い。まさに「技術で勝って事業で負ける」が如く、技術への投資は強化されるものの、技術と事業の橋渡しが一向に円滑化せず、事業がうまく立ち上がらない事例には枚挙に暇がない。これは経営全体でイノベーション・プロセスを捉えてマネジメントをしていない典型である。

 3点目は「イノベーションは特区で起こすもの」という先入観である。既存事業の経営が硬直的であるがゆえに、それ自体を改革するよりも新たなハコ(組織)を作り自由度を高めるという施策を、特に日本企業は採りがちだ。確かにこれは“両利きの経営”への改革の第一歩となりうるものの、最終的に既存事業内の豊富なリソースをテコにし得ない特区組織が行う活動のインパクトが限定的となってしまうのは明らかだ。クレイトン・クリステンセン教授とデロイトのコンサルタントであるマイケル・レイナーは、「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」2016年9月号の特集「イノベーションのジレンマ」において、破壊的イノベーション理論の発展の軌跡を論ずる中で、破壊の脅威に対する対抗策として「独立事業部を設けて経営上層部の庇護下におくべき」と主張しているが、これはあくまで破壊的イノベーションに絞った論であることに留意が必要である。前述の「GE Global Innovation Barometer 2014」においても、「イノベーションを成功させるために、組織設計の観点で、イノベーション担当部門は特別専門組織にすべき」という質問に同意する日本企業の経営者は実に65%に上り、ダントツで世界1位だった(2位は韓国で46%、世界平均は32%)。


世界で進む「イノベーションを経営する枠組み」の
組織への埋め込み

 Ambidexterityに関する研究がここ20年余りで急速に進む中、既存事業の推進と並立・融合する形でイノベーションを推進する経営のあり方=「イノベーション・マネジメント」に関する実組織への埋め込みが既に進んでいる。日本同様、成長課題を抱える欧州では、既にガイドラインとして各国で研究・制定され、現在国際標準化(ISO)の議論も始まっている。

 欧州のガイドラインの基礎となるフレームワークは、2006年に欧州委員会の下、域内民間企業10社で組成されたコンソーシアムで開発されたものであり、2008年にはCEN(欧州標準化委員会)の予備規格となった。各国レベルでも研究・導入が推進されており、たとえばポルトガルでは、企業のイノベーション・マネジメントへの取り組みが国の認証制度となっているのに加え、先端研究等の公的補助の条件にも採用されている。すなわち、経営をあげてイノベーション・マネジメントに取り組んでいる企業に優先的に、いわゆる「国家プロジェクト」的な公的投資資金を優先的に配分する政策を採っているのだ。