こうした環境下にありながら、日本企業には依然として「従来型」がそう容易くは破壊されないという前提で事業環境をとらえる経営者層が少なくないように思います。でも、それではその業界に破壊的変化が起きたときに対応できない状況を招きます。実際に、過去にフォーチュン誌のトップ50社リストに名を連ねたことのある大企業でさえ、その約9割は一度失速すると回復できず、時価総額の半分を喪失しているという事実もあります。そこで、既存の事業モデルの強化に加え、将来の成長に向けてあえて不確実性の高い市場で新規事業や事業モデルの確立を目指す「ビジネスイノベーション」への取り組みが不可欠となるわけです。

 その際の事業開発・商品開発で必要となるのが、従来のような「自社のロードマップに基づき、決められた機能・性能・品質を長い期間をかけて作り込む力」ではなく、「必要最小限の顧客価値を継続的に進化させる力」です。「個」客起点の共創市場では、顧客の期待値・行動様式の変化や新たな競合の台頭などにより、事業に求められる変化のペースが急激に変わります。そうした環境では、継続的に顧客や競争環境の変化の兆しを探知し、適切な対応速度で新たな顧客価値に転換し続ける力が事業競争力の源泉になるからです。

 ですから、IT組織についても、個々の事業の特性と求められる変化のペースに合わせて適切な対応速度を保ち、必要なタイミングでギアチェンジ(速度変換)できる、つまりマルチスピードで対応する能力が求められます。これが「マルチスピードIT」の考え方です。

 システム開発アプローチを例に挙げてみましょう。まず事業の変化のペースが遅く、個々の変化に求められる要件もある程度明確な案件に対しては、決められた要件や仕様を厳格な工程管理のもと着実に作り込む「ウォーターフォール型」(4速ギア)もしくは「イタレーション型」(3速ギア)を選択します。一方で、事業の変化のペースが速く、個々の変化に求められる要件も不明確な案件に対しては、仕様や設計の変更があるのは当然という前提に立ち、試行→改良を繰り返し、徐々に完成度を上げていく「アジャイル型」(2速ギア)を選択します。変化に一定のペースはないが、突発的に起こる細やかな変化への素早い対応を求めてくる事業に対しては、「カンバン(ジャスト・イン・タイム)方式」(1速ギア)で対応します。このように、IT組織には速度の違う複数のアプローチを使い分ける能力と体制が必要になります。

 こうしたIT組織の能力と体制づくりが経営・業務の下支えだけでなく事業競争力の創造に必要な取り組みとして位置づけられるのであれば、これはCIOだけでなく、CEOも考えるべき企業の持続的な成長の根幹にかかわる問題といえるでしょう。