●考えられるすべての結果を想定して計画を立てる

 成功の見通しが立ちにくい複雑な任務では、さまざまな結果と不測の事態を考慮しておくことが必須だ。最初の計画に最も近い立場の者は、そこに含まれていない検討事項を勘案できる他者の視点に、しばしば助けられる。

 敷地の急襲計画においてもそうであった。統合特殊作戦コマンド(JSOC)司令官であるビル・マクレイヴン海軍中将(当時)は、月のない闇夜に敷地をヘリコプターで攻撃する計画を立てるようチームに指示した。目立たず効率よく実行するためだ。マクレイヴンの部隊は過去10年間にわたり、アフガニスタンとイラクでこのような急襲を数百回も実行してきた。

 だがこの作戦では、計画を別の視点から見ることも重要であった。実行地はパキスタンで、ターゲットは非常に大物だ。部隊が攻撃を受けて身動きが取れなくなった場合にはどうなるだろうか。

 ここで、オバマ大統領の政治的視点が作戦を大きく左右することになった。彼は計画についてブリーフィングを受けると、予備策を用意するようチームに求めた。ヘリが墜落して、部隊が戦闘によって退路を切り開くような事態を防ぐためだ。

 当時、アフガニスタンやイラクには米軍が駐留していたため、撤退戦を展開することは政治的に危険ではなかった。だが、パキスタンの場合は違う。大統領は、銃撃戦が起こればチームのメンバーにも米パ関係にも思わぬ危険が及びかねないという、当然の懸念を示したのだ。そして、追加のヘリを配備するようマクレイヴンに指示した。それはヘリが1機墜落したり、援護部隊が必要になったりした場合の予備策を可能にするためだ。

 マクレイヴンは作戦を練り直し、先行するブラックホーク2機の後に続いてCH-47チヌークを2機飛ばすようにした。これらのヘリをパキスタン領土内に進行させれば、我々の作戦全体がレーダーに探知されやすくなるためにリスクを伴う。だが、大統領はそのリスクを勘案したうえで、実行に値するという判断を下した。

 作戦当夜、1機目のヘリが敷地に接近。そして機体がゆっくりと傾き、揚力が落ち始め、180度回転して、敷地内の畜舎にドスンと落ちた。我々はブラックホークの回転翼がゆっくりと停止するのを見守りながら、心臓が口から飛び出そうな思いであった。まったく計画通りに運んでいない。続いて2機目のヘリが、1機目の墜落を見て、SEALs隊員を屋根に降ろす計画を中止。敷地の外、予定外の地点に着陸した。

 当初の計画では、SEALs隊員十数名が庭に、数名が屋根に、残りの隊員が周囲に配置されるはずだった。現状ではそれが一変し、十数名が畜舎にいて、残りは敷地の塀の外に取り残されていた。

 ここで、特殊作戦部隊の訓練が物を言う。我々は、安全なテレビ電話会議の回線を通じ、「一体何が起きているんだ?」とマクレイヴンに尋ねた。彼は冷静に、負傷者はいないと答え、作戦をこのまま遂行すること、援護ヘリを送っていることを告げた。

 SEALs部隊は予定外の侵入地点から作戦を実行した。その間、自分たちの唯一の脱出用ヘリがもはや動かず、破壊せざるを得ないと承知していた(残るヘリ1機のみでは、全員を収容してアフガニスタンに飛んで戻ることは不可能であった)。

 チームは急襲を完璧に遂行した。兄弟2人を殺害し、母屋の階段を上がって、ビン・ラディンの成人している息子ハーリドを殺害。そしてついに3階の寝室で、ビン・ラディンを殺害した。

 チームは、ビン・ラディンの死体を敷地から運び出し、持てる限りのコンピュータとUSBメモリを押収し、生き残っている女性と子どもが全員無事であることを確認した。そして帰還用の援護ヘリ、CH-47チヌークへと走り、乗り込んだ(墜落したブラックホークは爆破処理した)。CIAの作戦本部で見守っていた我々は、全員声も出なかった。作戦は予行演習の通りにはまったく進まず、予備策がうまくいったのだ。