●専門家を信頼すべき時をわきまえる

 ある事柄について、自分の直感を信じればよいのか、それとも専門家の判断に頼るべきなのか――これはマネジャーにとって最も難しい意思決定の1つである。我々はビン・ラディン捜索を通して、マネジャーが専門家の意見に従うべき時はいつかを学んだ。技術的なことに関しては特にそうすべきである。

 アボッターバードの敷地を監視し始めてから数週間後、我々は苛立ちをつのらせていた。邸宅内にいる男を鮮明に捉えた写真が欲しかったのだが、ゲイリーとそのチームは、カメラを近づけるのは危険だと反論する。我々は納得できない。彼らの返事はたいてい、「それについては我々も考えましたが、できないんです」という主旨のものだった。

 敷地内の男は、毎日決まった時間に庭で円を描くように歩くのを好んでいる。我々は彼を「ペーサー」と名付けた。敷地を囲む高さ3.5メートルの塀の上に、木々の枝が伸びている。この枝にカメラをいくつか設置してはどうかと我々は考えた。夜間にチームが出動して枝にカメラを据え付ける。そして運動するペーサーの画像を記録し、なんとか回収する。これらすべてを見つからないように実行する、という計画だ。危険は承知だが、ペーサーが本当にビン・ラディンであるという証拠を得るには、他にどんな方法があるというのか。

 CIAのプロフェッショナルたちは、この案はまずいと考えた。我々2人は前年にCIAに着任したばかり。そのあり余る情熱が、実際のスパイ技術の欠如を補うわけではない。このような技術は映画の中ではうまくいくが、現実はトム・クランシーの大ヒット作品とは違う。

 ゲイリーのチームにいる局員のほとんどは、CIAの生え抜きだ。海外の厳しい条件下で工作員として活動してきた経験も持つ。彼らは、カメラの電池寿命の問題と、木が落葉樹であるという事実(秋から冬にかけて葉を落とす)を指摘して、こちらの案を丁重に退けた。我々はそれを、チームは創意工夫が足りないのだと思った。

 その後、ある午後の報告会で衛星画像を見ていたところ、木々が伐られていることが判明した。敷地の塀の外に、伐られた木の枝が山積みされている。邸内に暮らす兄弟は明らかに、塀にかかる枝は警備上のリスクだと気づいたのだ。専門家の意見は正しかった。計画を実行に移していたら、カメラは地面に落ちて画像の回収はできなかっただろう。それどころか、カメラが見つかっていたらビン・ラディンは敷地から逃走し、トラボラでの捕獲失敗以降の最大の手掛かりが水泡に帰したはずだ。

 悪い事態はさらに考えられる。もしビン・ラディンが脱出する動きを見せていたら、我々はホワイトハウスに駆けつけて、捜索のために米軍をパキスタンに飛ばすよう要請することになったかもしれない。木々の伐採によって、その当夜に捕獲作戦の実行を迫られたらどうなっていたか。訓練も準備も装備も十分ではない部隊を送り込んでいただろう。となれば作戦は失敗に終わった可能性が高く、要員の負傷や殺害もありえた。

 捕獲作戦はこの後、時間をかけて入念に計画された。そこには地形に最適のヘリコプター航路、米海軍特殊部隊SEALsからのチーム選抜、急襲の段取りなどが含まれる。

 作戦や技術に関する特定の問題について、専門家を信頼するのは容易ではない。特に、彼らの創造力が枯渇したように思われる時には認め難くなる。だが問題を解決するアイデアのほとんどは、チームから出されるべきだ。新たなアイデアを考え出すのが上司だけであるなら、何かが間違っている。

 チームが考えつかなかったアイデアを上司が持っていたら、それは徹底検証に値する。どんなアイデアもただちに却下されるべきではない。ただし、別の大切なことがある。上司に対して、専門家が「あなたの案では成功しません。その理由はこうです」と言える組織風土をつくることだ。そのうえで専門家を信頼するか否かは、上司が決めればよい。