●作業仮説を疑う

 CIAの分析官の仕事は、所定の件に関するあらゆる証拠と専門知識を結集して、政策立案者の疑問に答えを出すことである。通信の傍受、諜報活動、写真や動画、その他諸々の情報に基づいて、作業仮説を立てる。そして、この仮説がさらなる情報収集を促す。

 ビン・ラディンはどこに、どうやって隠れ、どのような防衛手段を擁しているのか――これが捜査における問いであった。作業仮説では、彼はパキスタン西部の部族地帯、おそらくは洞窟か農村部におり、家族と離れ、完全武装の護衛に囲まれていると想定されていた。また、彼の健康状態は悪化しており、間に合わせの腎臓透析装置につながれているらしいことを示すヒントもあった。

 ところが新たな手掛かりによれば、ビン・ラディンは郊外の邸宅で、妻子と他の2家族とともに、ケーブルテレビがつながる環境で暮らしている。

 作業仮説のほぼすべてが誤り、ということはあり得るのだろうか。潜伏先が郊外の邸宅だという説を我々が信じるためには、彼の行動に関するみずからの最も基本的な仮定を捨てなければならない。

仮定1:ビン・ラディンは他の家族と一緒に暮らすのは危険だと考えるだろう。その子どもたちは、学校に通うために毎日敷地を出入りしているのだから。

仮定2:ヘリコプターが毎日のように頭上を飛ぶ軍事施設の近くには、住みたがらないだろう。

仮定3:隠れ家には罠を仕掛け、周囲には何重もの防衛を敷いているはずだ。見張りと護衛を配置し、おそらくは脱出用のトンネルか、もしくは手の込んだ脱出計画を用意しているだろう。

 アボッターバードの手掛かりが正しければ、これらの仮定はすべて間違いということになる。我々がオバマ大統領に対し、20人以上もの特殊作戦部隊の生命を危険にさらすことになる進言をするためには、約10年間にわたり仮説を誤っていたと認めなければならなかった。

 ビン・ラディン捜索チームの強みは、これまでの仮説を疑うことをいとわない姿勢であった。CIAは間違っていた、と認める意思。そして、これまでの全仮定をひっくり返す完全に新たな説に、限りあるリソースをささげる意思があった。そして「木は森に隠す」というビン・ラディンの計画が、我々のこれまでの考えよりも賢いものであると認めた。