みずから視野を広げれば、
これほど魅力的な国はない

「手仕事の職人が世界中から集まり、そこから美しいものが生まれて、富裕層はそれを購入して喜びを得て、さらに職人が集まる、という循環が続いていることが、この街の魅力ではないでしょうか」

 そうした社会階層をフラットにするような動きはありますか。

 社会制度としてそうした状況を是正しようという動きはありますが、どうでしょう。私は、フランスが「自由、平等、博愛」を掲げるのも、それが真の意味では根付いていないからだと考えています。自分自身の経験からもそうですが、 やはりパリにはいまだ社会的階級の上下が根強く残っていると感じます。

 ただ同時に、それがパリの文化を形づくっているとも思います。また過去の歴史を見ると 世界中の詩人やアーティストがこぞってパリで生活したように、精神としての「自由、平等、博愛」を掲げることで、多くの人を受け入れる自由さ、平等さ、博愛さがあるのかもしれません。それが結果として多くの移民を受け入れることにもつながり、さまざまな考え方の人がいるパリという街をつくったのではないでしょうか。

 フランス語には「ライック」という言葉もあります。宗教に対する偏見を持ってはいけないという意味ですが、それはフランスが誇りにしている考え方です。学校でも、ライックや「ライシテ」という言葉が書いてあります。イスラムの方はベールを被りますが服装で差別をしてはいけない、肌の色で差別をしてはいけないと書かれていて、その大切さが浸透しているのもたしかです。

 フランスでの日本人に対する反応はいかがでしょうか。

 日本に対するイメージはそれほど悪くないと思います。そもそも、フランスにとって日本は常に、オリエンタリズムを感じさせる遠い異国の存在だったのだと思います。そのため、日本や日本人について多くを知らない人が多く、人によって反応が極端に変わる印象です。

 日本にかつて住んだことがある、日本人と触れあったことがある人には親日家も多く、日本人に対して優しいと思います。一方、メディアの情報としては知っていても、日本人がどういう考えをもっているのか知らない人だと反応が違う気がしますね。

 たとえば、私の妻が子どものお迎えで幼稚園に行き、ママ友と並んでいる時には、相手が親日家でなければ、相手からあえて話しかけてはきません。なんとなく居心地が悪そうにしている。それは差別というよりも、どう接すればよいかわからないという戸惑いではないでしょうか。

 私は13年間この国で暮らしていますが、ここ最近は日本人に対してはかなりポジティブになってきたとも感じます。日本の場合、あまりにもフランスの歴史に登場しなかったので、変なイメージがそれほどありません。それは強みだと思います。

 日本人シェフの活躍は顕著ですが、彼らのような方が評判を積み上げていることも大きいのでしょうか。

 そうですね。特に料理の世界では、日本人が何年も前から厨房に入り、下職から積み重ねてきた実績があります。また、私のような職人の世界でも、日本人の地位は上がっています。日本人のテーラーについても、間違いなくこれから認められていくと思います。

 私のお客さまでフランス人のブルジョア階級の方は、「ニューヨーク、ミラノ、ロンドンと世界中ほとんどの国に行ったが、日本以外で驚きを感じることはないと言っていました。その理由は、ものに対する考え方がかなり違うからです。ふつうはここまでやらないという段階まで突き詰めて、技術を追求し、もっと「よいもの」をつくろうと考える。その美意識の深さは、他国に比べても独特だそうです。

 実際、日本人の料理人が出てきても、日本人だから何かやってくれるのではないかという期待感をもって受け入れられます。固定化されたイメージがない分、よいイメージを持たれやすい。外国人に厳しい面もあるフランスにおいて、これは日本人にとって非常によい環境だと思います。

 鈴木さんが、外国人であるがゆえの厳しさもある国に、それでも惹かれる理由は何ですか。

 パリが魅力的だと思うのは、ここが人種のるつぼであることです。彼らがみな、フランス語というたった一つの共通言語でコミュニケーションを取っていることが多様性を生んでいます。

 たとえば、その多様性は食に関しても見られます。パリでは、本場のインド人がやっているカレー屋、モロッコ人のクスクス屋、イラク人のイラク料理屋など、あらゆる国籍の本場の料理が食べられます。

 また、彼らの文化をより深く知りたいと思えばコミュニティにも入れるし、それをサポートする非営団体もあります。誤解されがちですが、移民に対して寛容なフランス人もたくさんおり、彼らにとっては特に魅力的だと思います。

 そこに暮らす方自身が視野を拡げられるかが重要だということですね。

 そうですね。また、ここで暮らすこと自体が視野を広げてくれますし、いろいろな学びがあります。そう感じられるようになったのは、自分で店をやるようになってからですね。フランス人のお客さまと直接的に深く接するようになったことが大きいと思います。

 それまでもおもしろいとは思っていましたが、フランス社会でフランス人と触れあっていると息苦しいなと思ったこともあります。しかし、より深く付き合うようになるとまた違いました。伝統的なものづくりの文化が強いので、「美しいもの」に対する意識も強い。また、街全体として美意識の高さもあります。それは一つに、ヨーロッパという陸続きのなかで、外国人がたくさんやって来ていることも大きく関係していると思います。

 テーラーの世界でも、歴史に名を残す偉大なテーラーのほとんどが外国人です。ヨーロッパの人ではありますが、イタリア人やスペイン人のほうが有名なテーラーになっています。この街には世界中から美しいものが集まってきます。富裕層がそれを求めて集まる街だからこそ、彼らを驚かせるような美しいものをつくろうという想いをもち、技術に自信がある人たちが集まってきます。そういう意味では、パリは昔からヨーロッパの中心だったのではないかと思います。

 手仕事の職人が世界中から集まり、そこから美しいものが生まれて、富裕層はそれを購入して喜びを得て、さらに職人が集まる、という循環が続いていることが、この街の魅力ではないでしょうか。日本で言われているような「かわいい」とは違う「美しいもの」の魅力がある街なので、日本の方にもそれをもっと知ってほしいと思います。