●「最初の実験」が容易にできる仕組みをつくる

 インテュイットの社員は、製品や事業のアイデアを企画すると、プロトタイプをつくって仮説を検証するよう奨励される。ただし、実験対象は顧客1社のみ。どの顧客でもよいわけではなく、そのソリューションが役立つと思われる相手を選ぶ。その1社がソリューションを使ってから他社に推薦すれば、企画者は次の段階へと導かれる。もっとデータを集めるために、より大きな顧客群へと適用規模を拡大するわけだ。

 この実施例の1つに、インド・バンガロールの社員が立ち上げた「ショップ・オーナー」と呼ばれる製品アイデアがある。彼の観察では、農村地域の商店員の多くが、売上伝票の手書き作業や値付けで記憶を頼りにするため、販売状況を把握できていなかった。その大半は現場にコンピュータがなく、まとまった会計機能が付いたレジもないが、ほぼ全員がスマートフォンを持っている。

 そこでこの社員は、シンプルなソリューションを考案する。POS(販売時点管理)会計、シンプルな在庫管理、そしてレシート印刷の各機能をまとめて搭載したアプリだ。この計画に基づき、彼とチームは1週間足らずで、プロトタイプの作成だけでなく検証も実施。実験対象となった最初の顧客は、インテュイットのバンガロール・オフィスに入居しているカフェである。実験は成果を上げ、さらなる検証と発見のために規模拡大する価値ありと判断された。

 前出のアナンドによれば、この「1単位」のアプローチを用いることで、非常に多くのアイデアが迅速かつ安価に検証できる。さらに、既存顧客を活用したその後のデータ収集からは、最初の実験以上の知見が得られるうえ、社内起業家にコラボレーションを意識させることにもなる。

●自由な時間を仕組み化する

 多くの企業と同様に、インテュイットも社員に対し、勤務時間の一定割合を本業に関連する副次的プロジェクトの企画に充てるよう奨励している。だがこうした方針は往々にして、日々の業務から離れさせる誘因としては不十分だ。インテュイットで「自由な時間と草の根イノベーションのリーダー(Unstructured Time and Grassroots Innovation Leader)」を務めるジェフ・ジアスは、さらに踏み込んで「自由な時間を、ある程度体系的なものにする」必要があったという。

 その方法の1つは、数日にわたるハッカソンを定期的に開催することだ。全社的な戦略に沿った特定の課題(例:納税申告の簡略化・迅速化)をめぐり、開発者のチーム同士が得意なプロジェクトを提示して競い合う。そして、その勝者には褒賞と称賛が与えられる。こうした方策で自由な時間を仕組み化すれば、社内起業家たちが一堂に集まり、部門横断的な交流が促され、強力なエコシステムが育まれる。そればかりでなく、イノベーションの照準を自社が探りたいテーマと常に合致させておける。

●コントロールではなく、サポートをする

 社内起業家たちを後押しする別の方法は、大きな意思決定の一部をみずから下せるよう権限を与えることだ。インテュイットではプロジェクトやプロトタイプについて、中止の可否とそのタイミングをめぐる判断は、企画者個人に任されている。そして中止を決断した企画者は、アイデアを完全に諦める必要はない。学習を続け、別の仮説に基づくソリューションへと方向転換するよう促されるのだ(インテュイット創業者のスコット・クックはこれを、「ソリューションにではなく、問題にほれ込む」と呼ぶ)。

 中止か継続かの判断につながるデータを、経営陣ではなく個々の企画者に蓄積させることで、失敗の汚名が取り除かれる。そして方向転換を可能にすれば、熱中している問題を解決する別のチャンスを与えることになる。それは当事者の自己コントロール感を高め、愛社精神の強化にもつながるのだ。

●「インテリジェンス利益率」を評価する

 ベンチャー事業の取り組みを導くうえで不可欠な要素は、科学的アプローチである。インテュイットでも数々の科学的指標があり、顧客満足度、粗利益率、ネット・プロモーター・スコア(正味推奨者比率)等々が考慮される。

 ここでもう1つ、私が企業に検討をお勧めしたい指標がある。それはインテリジェンス利益率(return on intelligence)だ。

 顧客を相手に行うアイデア検証は、毎回、ソリューションの微調整に寄与し、今後何が奏功しないのかについて知見をもたらす。また新たな変更の試みは、毎回、どう改善すべきかに関するデータをもたらす。学習した知見をある種の「通貨」のように見なせば、失敗を恐れない社風が生み出される。そして、これらの知見を隠さずに会社全体で共有すれば、他の社員たちも学習から恩恵を受けられる。ひいては、実験と賢いリスクテイクを厭わない社風が醸成されるのだ。

 いまや多くの企業が、学習につながる失敗をした社員に褒賞を与えている。たとえばグーグルの研究所X(英語記事)や、WPPグループ傘下の広告代理店でニューヨークを本拠とするグレイ・グループ(英語記事)などもそうだ。前出のジェフ・ジアスもこの精神に共感し、次のように述べる。「私はそれを失敗とは考えません。むしろ、仮説の誤りを迅速に証明したというほうが近いでしょう。それは素晴らしいことです」

●複数の協働者によるサポート体制を築く

 インテュイットでは、社内起業家が成功または失敗するまで単独で放置されるということはない。プロジェクトの企画者をサポートする関係者が多層的に存在する。

 まず、イノベーションのコーチングと後押しを専門職とする社員が何人もいる(ジアスはその1人だ)。次に、イノベーション・カタリストたちがいる。これは訓練を受けたボランティア(イノベーションを触発し、全社に改革を推進するマネジャーたち)であり、勤務時間の10%を社員たちへの指導に充てる。

 その際、顧客の生活向上につながる製品づくりの手法として、デザイン思考の原則が用いられる。最後に、インテュイットのマネジャーは誰もが、起業家的な態度・行動と実験を認識し支援するよう明確に動機づけられている。

 上記に述べてきた、社内ベンチャーへの組織的サポート、文化面での強化、ボトムアップ型の後押しは、ただ興味深いだけでなく、有益な教訓となる。これらの素晴らしい点は、社内起業家とその個々の情熱を中心に据えたアプローチであることだ。

 ただし、インテュイットのモデルは数ある中の1つにすぎない。結論として言えるのは、「適切な実験環境をつくれば、社内起業家はそこに飛び込んで熱中する」ということだ。つまり、起業家精神を支えるスペースと仕組みをつくる。そうすれば、最もクリエイティブな社員たちの多くが、意欲的に会社の未来を築いていくはずなのだ。


HBR.ORG原文:How Intuit Built a Better Support System for Intrapreneurs April 05, 2016

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シモーヌ・アフージャ(Simone Ahuja)
イノベーションと戦略のコンサルティング会社、ブラッド・オレンジの創業者。グローバル規模の企業および社内起業家に、アドバイスを提供している。共著に国際的なベストセラー『イノベーションは新興国に学べ!』(日本経済新聞出版社、2013年)がある。