●コダックのストーリーは誤解されている

 2012年の破綻以降、コダックはイノベーション能力を欠いた企業の典型として見られてきた。その一般的なストーリーはこういうものだ。

 1975年、同社は世界初のデジタルカメラを発明。だがその後、近視眼的な経営陣は、肥大化した会社が惰性に陥って転落するままにした。利益率の高いアナログ写真事業に固執し、世界各地のソニーやHPのような企業に追い越される。デジタルへの移行による延命努力も奏功せず、ついに破綻を迎えた――。

 このように語られるコダックのストーリーは、破壊的な技術変化に適応できなかった典型的な失敗を、わかりやすく揶揄するものだ。「デジタル革命の到来を、どうして予見できなかったのか」と、人々は不思議に思う。そして「自社でこんなことはありえない」と考える。自分たちは変化に適応する意思があると、確信しているのだ。

 だが、このストーリーは真実を伝えていない。コダックは、出足は遅かったものの、実際には奇跡的なデジタル変革を成し遂げたのである。

 同社がデジタル化の推進で後れを取ったことは周知の通りだ。これを受けて、2000年にジョージ・フィッシャーがCEOの座を退くと、後継者のダニエル・カープとアントニオ・ペレスが自社の再生に邁進する準備が整う。コダックは、フィルム工場を閉鎖して何万人もの労働者を解雇する痛みを受け入れた。新たなテクノロジー、新たな工場、新たな人材に巨額の投資を行った。そして2005年には、デジタルカメラの売上高で米国1位に上り詰める(全世界では3位)。

 デジタル化によって、プリンターのインクと写真用紙から膨大な利益が上がることに気づいたコダックは、自社をデジタル印刷の雄へと変えることに成功した。画像キャプチャ関連の技術で1000件を超える特許を取得し、数十億ドルものライセンス収入を手にした(「218」と呼ばれる1件の特許だけでも、サムスンから5億5000万ドル、LGから4億1400万ドルを得ている)。

 重要な知的財産からの潤沢な収入を、デジタル画像印刷の技術で強力な地位を築くために投資。プリンター、用紙、インクなど、どれも自社の従来のアナログ事業を破壊する技術だ。利益率が非常に高い、デジタル写真キオスク(店頭の写真印刷端末)の市場を席巻する。それは最大のライバルであった富士フイルムの端末を、ウォルグリーンズ(巨大薬局チェーン)から追い出すほどであった。2010年には、コダックはインクジェットプリンター市場で4位に上り、HP、レックスマーク、キヤノンなどと張り合うまでになる。

 利益基盤をアナログ印刷からデジタル印刷へと変えるために、コダックは痛みを伴う厳しい改革を実行したのだ。にもかかわらず、破綻した。何が間違っていたのだろうか。

 コダックは自社の技術革新に専心するあまり、ある事実に気づかなかった。それはデジタル印刷を可能にした技術要素が、まさにそれ自体の進化によって、自社の土台を脅かしたということである。

 デジタル印刷の進化の過程で成功を左右した要因の1つは、3つの部品をめぐる価格と性能の改善であった。これらはデジタル画像処理のエコシステムにおいて、決定的に重要な要素である。1つ目はCCD(電荷結合素子)であり、これはデジタルカメラの解像能を決める。2つ目はフラッシュメモリで、フラッシュカードに保存できる写真の数を決める。3つ目は液晶画面で、プレビュー画像の質、およびカメラとプリンター双方に提供できるオプション機能を左右する。

 当初は、これらの価格が下がり性能が上がるにつれて、デジタル写真の利便性は向上した。ますます印刷に適した媒体となり、デジタルカメラと家庭用写真プリンター双方の売上げが急増した。

 ところが、CCDの性能がさらに上がり安価になると、携帯電話に組み込まれるようになり、デジタルカメラ単体の市場が破壊された。そしてフラッシュメモリの容量は、写真数十枚から数千枚へと拡大。液晶画面の解像度は、ぼやけて粗いものから高精細に変わっていく。こうした向上につれて、消費者は、ほとんどの写真を携帯電話、タブレット、コンピュータで見るようになり、めったに印刷しなくなった。

 コダックは当初、破壊的変化を受け入れてデジタル企業へとみずからを変革するという、苦しい道へと踏み出した。その際に目指していたのは、写真を紙に印刷する新たな方法の確立であった。

 この戦略の盲点と、その後の崩壊の根本原因は何か。それは「エコシステムにおける関連要素の進歩」によって、最終目標の価値が一掃されてしまう――この可能性を予見できなかったことだ。

 実際に、当のコダックも、関連要素の進歩を利用して開発・販売したものがある。デジタルフォトフレームだ。しかし同社のリーダー陣は、これを販促用のノベルティグッズとしか見ず、やがて来る新たな一大変化の予兆とは考えもしなかった。メディアの見出しを飾ったのはコダックの破綻であったが、デジタル画像処理の寵児たちはいずれも似たような運命をたどった。