ではなぜ、権力感は非倫理的な行動傾向を誘発するのだろうか。

 これまでの証拠によると、主に2つの要因が考えられる。まず、権力によって感情や衝動への抑制が弱まること(disinhibition:脱抑制)。そして、自己への注目(self-focus:自分自身の思考や感情に注目すること)の度合いが平均以上に強まることだ(ヨリス・ラマース、アダム・ガリンスキー、デレク・ラッカーと筆者は『カレント・オピニオンズ・イン・サイコロジー』誌に、これらの知見を総合した論文を寄稿している)。

 第1に、人は権力を持つと脱抑制の傾向を強め、これが社会規範の軽視へとつながる。たとえばアダム・ガリンスキーによる実験では、権力感を誘発された被験者は、権力感の低下を誘発された被験者に比べ、顔に向けて送風される鬱陶しい扇風機を止める傾向が高かった(英語論文)。ほとんどの人は不正をしたいと思っても自制心を働かせるものだ。しかし権力感を持つ人は、自制心に縛られずに自分の利益を優先した行動を起こせるのである。

 第2に、権力感は自己注目を助長するため、権力者は他者よりも自己の要求を重んじるようになる。ある調査によれば、年収2万5000ドル以下の米国世帯は収入の平均4.2%を寄付するのに対し、年収15万ドル以上の場合は2.7%であるという(英語記事)。

 ラッカーおよびガリンスキーと筆者は共同で、この傾向を検証する興味深いテストを行った(英語論文)。ある実験で、まず被験者を上司役と部下役に振り分けた(質問や文書によって、前者は権力感の高揚を、後者は権力感の低下を誘発)。そして各被験者に、「自分が選んだ他者」と「自分自身」のためにハーシーのチョコレートの詰め合わせをつくるよう指示した(代金は実験の謝礼から引かれるものとした)。

 すると、高い権力感を持つ被験者が買ったチョコレートの数は、他者のため(平均約11個)よりも自分向けのほうがはるかに多かった(平均約31個)。かたや権力感が低い被験者は、他者のため(平均約37個)のほうが自分向けよりも多かった(平均約14個)。この結果から、権力のある人は他者よりも自分自身を大切にする傾向があるとわかる。

 自己注目の高まりと、非倫理的な行動との間にはどんな相関があるのか。権力の保持はもちろん不正行為を助長しうるが、それは非倫理的な行動が自分の利益につながる場合に特に顕著だ。一方、権力の欠如が不正に結びつくこともある。非倫理的な行動が他者の利益につながる場合だ。

 たとえば筆者らが行ったこんな実験がある(英語論文)。被験者の権力感を(過去の経験を思い起こさせるタスクを通じて)高揚または低下させた後、次のシナリオを提示して答えてもらった。ある非倫理的な行為(嘘の報告)をすれば自分が救われるという状況と、他者が救われるという状況がある。あなたが嘘をつく可能性はそれぞれの局面でどのくらいか(例:被験者がレポートを提出し忘れたとして、理由を「健康不良」と偽れば落第は免れる。また、レポートを提出しなかった知人がおり、被験者が「彼は健康不良だ」という嘘を告げればその知人は落第を免れる)。

 すると、高い権力感を持つ被験者が「自分のため」に嘘をつく確率は、「他者のため」よりもはるかに高かった。かたや権力感が低い被験者は、正反対の結果となった。自分よりも知人を救うために嘘をつく確率が、はるかに高かったのだ。

 ただし、抑制の低下や自己注目の強化は、必ずしも悪いことばかりではない。リーダーにはこれらの要素が必要な場合もあるのだ。リーダーは脱抑制によって、交渉の場で率直に話をすることで有利な条件を勝ち取る、不正行為を目にしたら異を唱える、組織全体を倫理規範の順守に導く、といったことが実現しやすくなる。自己注目の強いリーダーは、必要な物事を手に入れる能力に長けている。たとえば社内のしかるべきリソースや、社外の市場空間における影響力などだ。

 では、どうすれば権力がもたらす悪影響(不正をする傾向など)を軽減できるのか。残念ながら、明快な1つの答えというものはない。

 ただし、リーダーが「視点取得」(perspective taking:他者の立場になって考えること)を習得できることは証明されている。つまり、自身に次のような問いかけをする習慣をつけることだ。

「目の前の相手は何を考えており、何を欲しているのだろう?」
「自分が相手の立場だったら、何が公平だと感じるだろう?」
「自分のこの決断が、もし『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の一面を飾ったら人々はどう思うだろうか?」

 視点取得は、短時間の練習によって実行でき、訓練によって身につけられる。

 上記を考え合わせると、「権力は必ず人を堕落させる」という概念が間違いであることは明らかだ。より現実に近いのはこうである。「権力は、脱抑制と自己注目という2つのプロセスによって、リーダーの振る舞いに変化を及ぼす」

 このことを念頭に置けば、権力がいつ堕落につながり、いつ道徳的な行動につながるかを理解できるようになる。そして堕落を防ぐ方策が、視点取得と共感であることも明らかになるのだ。


HBR.ORG原文:The Two Big Ways Power Transforms a Person February 26, 2016

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デイビッド・デュボワ(David Dubois)
INSEADの助教。マーケティングを担当。