新興国人材のモチベーションを理解する

――組織の立ち上げにあたって、どのような困難がありましたか。

 特に難しかったのは、複数の目的を同時に追うことでした。我々の目的は3つあります。

 第一の目的は、既に話したような、知識の創造です。これについては、学術研究やフェロー制度を活用して、データをどう蓄積するかが問題です。第二の目的は、知識の発信です。我々は、ケーススタディ、リサーチペーパー、レポートに加えて、カンファレンスなどの形で研究成果の社会への発信に努めています。そして第三の目的は、創造し発信した知識を教室にフィードバックする、教育の強化です。

 それぞれ違う複数の目的を同時に追うのは、簡単ではありません。難しいチャレンジですが、我々はこれをチャンスととらえて挑戦しています。

――新興国経済の長期予想などは、行っていますか。

 行っています。アジアでの景気動向をサーベイして、INSEAD-Thomsonインデックスという指標を四半期に一回発表しています。最新の発表はこの3月です。

――ウェブサイトを見ると、2050年以降までを見据えて取り組むとありますが、さらに長期の予想はあるのでしょうか。たとえば2050年の世界がどうなっているか、など。

 長く学術研究に携わってきて思うのですが、どんなものであれ、20年以上先を対象にした具体的予測はまず当たりません。未来予想は博打のようなもので、2050年の世界を予測しても、大きく間違ったものになるでしょう。

 新興国の人々が考えることも、時と共に変化するので、2050年の研究テーマは現在のものとは大きく違うものになります。我々が望むのは、2050年になっても、我々が現在と同じように意味ある存在であり続けるようにすることです。

――わかりました。新興国市場と先進国市場がどう違うかという観点で、これまでに特筆すべき研究成果はありますか。

 あります。いま日本企業は多くの新興国でより存在感を持ち成功できるよう、努力していますね。彼らの参考になりそうな研究を二つ紹介しましょう。

 一つ目は、新興国人材の動機づけについての研究です。今日では誰もが知っているように、組織を成功に向け動かすメインエンジンは、質の高い人材です。新興国で成功したければ、質の高い現地人材のパイプラインを作らなければなりません。この研究では、「ミレニアル世代の新興国の若者は何に関心を持ち、動機づけされるか」を調査しました。

――新興国のミレニアル世代は、欧米の同世代と比べて違いがあるのでしょうか。

 新興国のミレニアル世代は欧米の同世代と違い、就職先を決める時に、その企業が自分のマネジャーとしてのスキル開発をどれだけ助けてくれるかを重視します。多くの人が「新興国だから求めるのはお金だろう」と考えがちですが、実態は違うのです。

「自分はこの会社で働きたい。会社は自分に投資してくれるし、ビジネスパーソンとしてもマネジャーとしても成長させてくれるから」。新興国の若者がこう言ったとしたら、そこにどういう意図があるでしょうか。それは、そこで難しい仕事をしっかりこなせるようになることが、将来転職も含めたキャリアを考えるうえで、何よりの武器になるということです。新興国の人材はとてもしたたかに、多面的な目で企業を見ています。就職先を考える際には、明確なキャリアパスを示し、キャリア形成にメリットがある企業を選ぶのです。

 欧米のミレニアル世代はこれとは違います。チャレンジングで、活力があって創造的な職場環境があるかどうかを重視します。こうした微妙な違いに対応できるかどうかが、新興国市場で戦う際に差を生みます。

 たとえばインドネシア・バングラディシュ・フィリピン・インドのような新興国では、単に人材を採用するだけでなく、優秀な人に働き続けてもらうことが極めて重要です。その意味で、人材の真のモチベーションを深く理解することは、日本企業の実務にとっても大きな意味があります。