日本ではCEO任期は4年あるいは6年といったきまりがある企業も多い。これをCEOに対する規律と捉える意見もあるが、任期と企業のパフォーマンスが無関係なのではないかと言う疑問もある。日本では経営陣の報酬は低く、米国のように「金銭的強欲」が問題になることは少ないが、金銭がインセンティブにはならないなら日本の経営者がリスクを負うインセンティブはどこから生まれるのかとも見られている。

 CEOの指名にくわえ、報酬が低いために日本人以外が取締役候補になりにくいのも実は看過できない問題である。海外展開などをしている場合、現地のスタッフの方が報酬が高く、日本のCEOの地位が低いと認識されてしまい、求心力が弱まる危険さえある。

社外取締役を入れるだけでは、課題は解決しない

 社外取締役が取締役会で多数であれば、透明性や客観性の課題はとりあえず解決する。しかし、伝統的な日本の企業統治は、内部取締役が多数というのが実態だ。若干名の社外取締役を加えると、多少は議論が多様化したり活発化したりするかもしれないが、状況はそう変わらないだろう。

 懸念の1つ目は、取締役会による執行への監視が不十分になることだ。常勤の役員による経営会議で上司たる社長のもと意思統一されたはずの案件を、社内取締役が取締役会で反対する可能性は極めて低い。社長の選解任や継承計画を、社長の部下である社内の取締役が「議論」して意思決定する、という想定自体がフィクションに近いといえる。社内取締役が執行を兼ねている限り、人事権を持った社長の部下(経営者本人に対しての代理人)であり、機能を果たせない懸念は大きい。

 また、2つめの懸念として、CEO以外にも多数の社内取締役が意思決定に参画することでCEOの責任が不明確になる場合がある。上記の、社長の暴走を誰も止められないというケースとは逆に、CEOの力が弱く、他の社内取締役の独断専行が放置され、効果的な事業の選択と集中ができないと言ったような場合だ。

 もちろん、理論的には、社内取締役が多数の取締役会が、代理人として本人(株主)の利益を最大限にしようとしている、と主張することは可能だ。しかし、人間行動を考えれば、多様な知見をもつ社外取締役が取締役会の多数を占め、その取締役会の信任を受けたCEOが、取締役会の監視と支援の下で執行業務に全力で取り組むのが理想だといえる。執行と監視の責任分担が明確化された企業統治が目指すべき姿だろう。


※次回は4/12(火)公開予定

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