固有の「文化」を言い訳にしない

 EMNCが事業のタイプごとに目標設定を工夫する点は、リーダーシップ開発にも通じるものがあります。企業向けリーダー育成プログラムも、企業の実態に合わせてカスタマイズしなければ機能しないのです。たとえば実際のプログラム設計では、次のようなステップで考えます。

<1> プログラムの「成功」をどう定義するか?つまり、プログラムを通じて参加者の行動をどう変えたいのか。多くの企業は、「もっと起業家的な動きをしてほしい」などと抽象的に考えるが、「起業家的な動きとは何で測定されるのか」まできめ細かく突き詰めて考える。
<2> その新しい行動が、どうビジネスの成果に結びつくのか。忘れられがちな問いだが、組織にとっての具体的メリットはきわめて重要である。
<3> 上の前提が整理されたうえで、行動を変えるためにプログラムで何ができるかを考える。ここで多くの場合、「なぜそのような行動が今見られないのか」を問う。よくある答えの一つが、評価報酬制度がそうした行動と矛盾する点にある。

 このように考えると、たとえば対象がEMNCか先進国企業かで、必要なリーダー育成プログラムが違うことがわかるでしょう。

――なるほど。EMNCの強みはリーダーシップのあり方とも連動しているのですね。

 一つ、誤解しないでほしいことがあります。私も新興国発の多くの企業が見せるスピードや大胆さには敬意を持っていますが、あまり「新興国だから」と強調しすぎる発想はどうかと思うのです。

 私は米国とカナダからシンガポールに移り住んで、20年になります。当初は、アジアのビジネスは欧米のビジネスとは違い、またアジア企業とそのリーダーたちが見せるスピード感ある起業家的経営は、世界中が学べるものと考えていました。しかしそれは、アジア人が他の人種と違って、生まれつき巧みな経営手法を身につけているからではありません。むしろ、国の経済発展の段階や、企業それぞれの歴史、創業者の個性など、多くの要因が組み合わさった結果なのです。私は徐々にそのことに気が付いていきました。

 実際に、アジア人であっても、欧米企業で経営幹部となって、西洋的とされるリーダーシップ特性を発揮する例を多く見てきました。すると、「アジア独特のリーダーシップ」なるものが本当にあるのか疑問に思えてきます。欧米の経営の教科書と自分のやり方が違う時に、アジアのリーダーが「アジアにはアジア流のやり方がある」と正当化することがそれほど重要なのでしょうか。調べれば調べるほど、経営スタイルにはアジア流や欧米流の固定された違いがあるわけではないと思い至りました。単に、それぞれの企業の文脈に応じて、効果的なリーダーシップのあり方が変わるだけなのです。

 人間には、なんでも文化のせいにして、説明できないことはとりあえず「文化」というラベルのバケツに放り込んでしまう傾向があります。しかし、文化論に逃げるよりも、評価や報酬の違いのような具体的な手がかりを紐解くことがはるかに有効です。

――日本では、良い面も悪い面も「日本企業は特殊だから」という議論が好まれがちだと思います。実際に特殊な傾向があったとしても、それが変わらない言い訳にはならないということですね。

 その通りです。「文化」にはとても強い作用があります。たとえば、あらゆる場面を想定した細かいルールが無くても、人は自分で考えて組織文化に従ったやり方を作っていきます。しかし、物事が変わらない時に、それを文化のせいにするのもとても安易なことなのです。

 私が見たところでは、日本の外で見かける日本企業の人材については、多様なやり方をオープンに吸収し、人々を動機づけし、ビジネスを導くリーダーがどんどん増えていると感じます。そうした新しいリーダーが増えることこそが、他の何よりも日本企業の再生(ルネサンス)に火をつけると思います。

――本日は貴重なお話を有難うございました。

 
 
ナラヤン・パント
Narayan Pant
INSEAD教授(主席教授/リーダーシップ・戦略)

リーダー育成の専門家として、INSEADで経営幹部教育を管掌する学長を務めた。モニターグループ、自身のファームでの多様な業界に対する戦略コンサルティング経験も持つ。ニューヨーク大学スターンスクール、アルバータ大学(カナダ)、シンガポール国立大学などで企業戦略を専門に教鞭をとる。同時にThe Academy of Management、The Strategic Management Society等の学会発表も行う。研究を通じて戦略実行のリーダーシップに対する関心を深め、リーダーの判断力向上をテーマに、過去10年はリーダー育成プログラムの開発と実践を行っている。