リーダーシップは「べき」論ではない

――リーダー育成プログラムの他に、マネジャーが自分を見つめ直すのによい機会はありますか。

 プログラムはあくまで一つのイベントで、日常生活の習慣こそが重要です。プログラムにできるのは、その時の自分のクセに光をあて、変わりたいかどうかを問うことです。

――日常生活で、内省するのによい習慣とはどういうものですか。

 たとえば、一日の最初に15分、メールもパソコンも新聞も見ずに、一人で静かに考える時間をとるのはどうでしょう。15分間、いま自分が何をすべきか、もし自分が何かを大きく変えたとしたら何が起こるかを静かに考えるのです。普段は考えもしない仮想のシナリオまで含めて、幅広い可能性に心を開くのです。

 もしこれを毎日続ければ、マインドフルで集中力を保つ力を高めることができるでしょう。そのような状態は、自然に出てくるものではありません。むしろ、必要な時に呼び覚ますことができるよう、習慣化して鍛える必要があります。

 私の考えでは、リーダー育成プログラムは人生の「一時停止」ボタンのようなものです。仕事や日常をストップして、普段の習慣の何が良くて何が悪いかを振り返り、日常に帰った時に実践すべき新たな習慣のプランを練るのです。

 ビジネススクールの教授としては、少し話がニューエイジ風というか、スピリチュアルに聞こえるかもしれませんね。この話は「一時停止」にして、ちょっと話題を変えましょう。スタンフォード大学のジェフリー・フェファー教授が2015年の秋に出版して話題になった『Leadership BS』を読みましたか。

――いいえ。どのような内容なのでしょうか。

 フェファー教授は一つ重要な点を主張しています。それは、リーダーシップ開発が「べき」論にとらわれすぎており、人や組織の実態が軽視されている、ということです。私たちは、「リーダーは自分に正直で他人への配慮もあるべきだ」などと考えがちです。しかし、実際に組織で出世してリーダーの立場になるのは必ずしもそういう人ではありません。リーダーシップ開発では、「べき」論などの単なる意見と、証拠や研究に基づく議論を分けて考えることがとても重要なのです。

 INSEADは研究で世界をリードするビジネスクールです。そのため、プログラムの設計では、単なる意見と証拠に基づく議論を厳密に分けています。私たちが自己認識や内省に重きを置くのは、良い判断のスキルについて、最近増えているこの分野の研究に基づいたものです。

 そしてそれは、実際の成果に連動したものです。私たちのプログラムへの引き合いは、結局のところ、参加者が職場に戻った時にどれだけ実際のインパクトがあるかにかかっています。なので、単に参加者を招いて気分よく持ち上げても、持続可能ではないのです。

――日本でも、リーダー育成プログラムに関心を持つ企業は増えています。日本でのこうしたプログラムの浸透については、どう考えますか。

 私が話したことがある企業についていえば、日本企業はこうしたプログラムについてとてもよく考えています。

 他の国もそうですが、日本でも多くのプログラムが知識を教える講義型です。これらは、戦略、リーダーシップ、ファイナンスなどの理解を深める、20世紀型の問題解決プログラムです。しかし、知識が普及した今ではその重要性は下がってきており、もはや参加者にとっては面白くないのではないでしょうか。すでに知っていることも増えていますし、またわからなければ専門家を雇うこともできます。

 実際に、昨年訪日して日経ビジネスクールで私たちのプログラムの話をしたところ、300人ほどの聴衆が、自己認識や内省の話にとても強く関心を示していました。その熱心さはとても印象的で、日本でも状況が変わってきていると感じています。

――日本企業のマネジャーに向けて、リーダーとして飛躍するためのアドバイスはありますか。

 これまで、日本企業で大変な難題に立ち向かう思慮深い人々に数多く会ってきました。どうやってより少ない予算でより大きな成果を出すか。どうやってもっと海外人材を増やし活躍してもらうか。私がアドバイスできることはそれほどありません。一つあるとすれば、過去に成功を導いたやり方が、今の変革を必要とする状況をもたらしたのであれば、勇気をもって新しいやり方をする必要がある、ということでしょう。