二分法の落とし穴

「男女」「既婚・独身」、こうした二分法は単純かつ手っ取り早いので、自分を当てはめて考えがちですが、人間はあくまでもナマモノ。二分法に押し込めるには無理があります。

 その最たるものが「勝ち負け」です。調子がいい時もあれば悪い時もある。「対抗する」とか「かわす」というふうにあまり考えず、たとえば、「結婚もありかな」「この辺でちょいと男遊びでもしてみようかな」というふうに気楽に考えてみてはいかがでしょうか。いずれにせよ、あまり「仕事では勝ち」とか「女としては負け」とか、勝ち負けというフレームで考えないほうがいいと思います。現実には、ほとんどが程度問題です。

 話は若干逸れますが、僕の大キライな言葉に「勝ち組・負け組」というのがあります。この言葉が戦後混乱期のブラジル移民の不幸な歴史から出てきたことをご存じの方も多いと思いますが(知らないよ、と言う人は人間社会の深い部分に触れる話なので、各自調べてみてください)、それは置いておくとして、何でもかんでも表面的な基準で「勝ち」と「負け」に分類する、きわめて底の浅い話だと思います。だいたい、勝つにしても負けるにしても「組」にするのが何とも下品。組にならずに一人で勝ったり負けたりしてろ!と言いたい気分になります。

 話を戻します。そもそも、仕事生活にしても女としての人生にしても、勝ちか負けかなんていまの段階では白黒つけられません。「死ぬ時にはじめてわかる」と言う人もいますが、死ぬ時にいたってもまだわからないものなのではないかと僕は思っています。要するに、自分で「勝ち」と思えばそれでもう勝っているわけで、逆に自分で負けと思えばその時点で負けているわけです。「勝つと思うな、思えば負けよ」という言葉もあります(あれ?これは全然関係ないか……)。いずれにせよ、人生の勝ち負けなんて90%は「気のせい」だというのが僕の見解です。

 手前勝手な推測で断言してしまいますが、あなたは単にむしゃくしゃしているだけのような気がします。哀れみの視線とか、見下されるとか、逆にうらやましがられるとか、そういう外野の目や声が気になるのは、基本的に何か調子が悪い時です。調子がいい時は、そういう声が気にならないし、人に対しても余計なことを言いません。