直接経験の重み

 あなたは学生ですから、これが最初の就職になります。就職経験のない学生にとって、仕事が面白いかどうかは、「そういう気がしている」だけであることがほとんどです。

「どんな仕事がしたいですか?」と聞かれて、学生が「マーケティングがやりたいです」と答えるのは、パスタ料理を一回も食べたことがない人が、「カルボナーラが好き」と言っているようなものです。茹で加減はアルデンテよりもちょっと固めがいいとか、細めがいいとか、やっぱり僕はショートパスタ、いや私はロングのフィットチーネ、そう言えばブカティーニもイイね!というようなもの。食べたことがないのにわかるわけがない。若者にとっての最初の就職は、いつの時代もそういうものです。

 ですから、元も子もない話になりますが、「環境」ではなく「仕事」自体を評価しなさいと言われても、実際のところはどうしようもないわけです。経験の量や質に限界がある若者ほど、環境決定論に流れやすいという成り行きです。これには根本的な解決策はありません。だから、とりあえずは好きなようにするしかないのです。

 あなたが素晴らしいのは、すでに伸び盛りのスタートアップで働く機会を得て、しかもそこでの「仕事」を楽しんでいるということです。この事実を大切にしてください。

 選択肢の一方は、みずからの直接経験で、明らかに面白いということがわかっている。それに対し、大企業のほうは、面白いかどうかは全然わからない。ただ、大企業に就職したら、何かいいことがある気がする。しかも、大企業で修行するのはキャリアにとっていいのではないか。これはすべて「そういう気がしている」だけです。

 ベンチャーと大企業、この2つは少なくともあなたにとってはニュートラルなオプションになっていません。片方は、すでにやってみて面白いとわかっているのですから、100点ではなくても、80点ぐらいはつくわけでしょう。それに対し、もう片方は何点かすらわからない。一方は(少なくとも主観的には)事実です。もう一方の「大企業もよさそうだな」というのはふわふわした推測にすぎません。選択肢の設定になっていないわけです。結論としては、間違いなくスタートアップを取ったほうがいい。

 もちろん、これは「いまのところ」の解であって、実際にスタートアップに就職してみて、「あ、ちょっと違うな」と思ったら、別のところに行けばいい。まだ24歳、将来を先回りして考えて躊躇する必要はまったくありません。

 そもそも僕は、世の中にある環境のほとんどは「行ってこいでチャラ」だと思っています。環境として、大企業にはいい所と悪い所があるでしょうし、スタートアップにもいい所と悪い所がある。人間の世の中はわりとうまくできているものです。一方的にいい話なんてどこにもない。物事には必ずプラスとマイナスがあります。

「いや、本当にいい所もあるんだよ」と言う人もいます。ま、探しまくればそういう「環境」が世の中のどこかにあるのかもしれません(僕はこの年まで実際にこの目で見たことはありませんが)。しかし、それでも「行ってこいでチャラ」という前提を持って生きているほうがいい。特に若いうちはそのほうが自分の潜在能力を発揮しやすいと僕は思います。余計なことで思い悩まずに、仕事の内実に集中できますから。

 幸いにして、この方は、実際にスタートアップでアルバイトをしてみて、仕事が面白くてはまっている。実にラッキーです。どうぞ、思いっきり好きなようにやってください。そのスタートアップでの仕事がそのうち嫌になるかもしれませんが、その時はその時で本格的な相談に乗ろうじゃないのというのが結論です。