「思考停止」と上手に付き合う方法

――学びを次に活かして、判断力をトレーニングするのに、効果的な方法はありますか。

 他のあらゆる専門能力のトレーニングと同じです。必要なのは実践、フィードバック、内省、コーチングです。

――自分を客観的に見ることと、内省するという要素が、重要に思えますね。

 その通りです。判断力を育てる根幹には、判断を下す過程でマインドフル(*)な状態にあることが必要です。

 リーダーは常に重要判断を求められるので、結果を無視して練習のために判断することは出来ません。でも、実際に下した判断の一つ一つを注意深く意識し、記録をつけ振り返ることで、「実践」を訓練の機会に使うことができます。そのとき、リーダーは目の前の現実に真剣に意識を投じつつ、同時に、その場を学習機会として客観的に眺める必要があります。これが、マインドフルな状態です。

――フィードバック、内省、コーチングについても、少し詳しく教えていただけますか。

「フィードバック」は、学習を加速するために周囲の人からも広く取ることが必要です。企業では、フィードバックはそれに対する自己弁護ばかりに気が向いて、異なる視点を学ぶ機会として使われにくいのが実態です。でも、少なくともきちんとサンプリングして集めた周囲の声なら、何かしらの現実を反映しているものです。

「内省」についていえば、現代の組織ではこれが軽視され過ぎだと思います。我々は、「考えるよりとにかく行動すべき」とバイアスがかかっています。しかし、いくら実践経験を積んでも、内省し消化する時間を取らなければ、学習にはなりません。

 最後に、リーダーには「コーチング」が必要です。たとえば、ロジャー・フェデラーのような超一流テニス選手でもコーチが必要なのと同じことです。コーチはフェデラーのフォアハンドがどうすればもっと良くなるか、直接指導するわけではありません。コーチがするのは、質問です。「あの第2セットは何を狙っていたのか」「それがうまくいったと思うのか」「うまくいっていないと思ったのに、なぜその戦略を続けたのか」。リーダーとしての判断についても、コーチは同じような質問をして同じような効果を発揮します。

――お話しいただいた方法は興味深いですが、常にそうしたことを意識すると考えると、とても疲れそうです。特別な人でないと、そのようなトレーニングはできないのではありませんか。

 一歩引いて考えてみましょう。バイアスなどのこれまで話した問題は全部、思考停止に由来しています。人は落ち着いて合理的に考える場を与えられれば、きちんと考えます。でも不幸なことに、常にそうしていられるだけの時間もエネルギーもありません。朝のネクタイ選びからあらゆることまで、日常生活でずっとマインドフルでいるのは無理でしょう。だから人は多くのことを思考停止するのです。思考停止は必ずしも悪いことでなく、生存に必須のメカニズムともいえます。

 しかし、その便利な「思考停止能力」が、バイアスにとらわれ根拠のない迷信を信じることにつながってしまいます。だからこそ、必要な時だけマインドフルな状態を起動し、落ち着いて合理的に目の前の現実に向き合う「筋力」を鍛える必要があるのです。「筋力」はちょうど良い例えで、まさに筋肉のように、必要な時に負荷をかけても大丈夫なように、普段はそれをリラックスさせておく必要があるのです。

* 感情に左右されることや価値判断することを止め、目の前のこの瞬間の体験に意識を向け、その中で思考する自分を一歩離れて観察する状態。
 
 
 
ナラヤン・パント
Narayan Pant
INSEAD教授(元 経営幹部育成プログラム統括者)

リーダー育成の専門家として、INSEADに参画以来、経営幹部育成プログラム(The Advanced Management Programme)を統括する。モニターグループ、自身のファームでの多様な業界に対する戦略コンサルティング経験も持つ。ニューヨーク大学スターンスクール、アルバータ大学(カナダ)、シンガポール国立大学などで企業戦略を専門に教鞭をとる。同時にThe Academy of Management、The Strategic Management Society等の学会発表も行う。研究を通じて戦略実行のリーダーシップに対する関心を深め、リーダーの判断力向上をテーマに、過去10年はリーダー育成プログラムの開発と実践を行っている。。