複数の深い経験を持つ「バウンダリー・スパナー」

入山 「つなぐ」と「創る」、しかも「気が利く」。それらができる人が新しいものを生み出していくために必要になってきているということですね。それを体現している一人が、伊佐山元君というベンチャーキャピタリストです。もともとシリコンバレーでDCMという大手ベンチャーキャピタル会社のパ―トナーだった彼が帰国して、WiL(ウィル)というファンドを立ち上げ、ソニーや全日空などと組み、シリコンバレーと東京をつなげてノベーションを起こそうとしているんです。

 特にソニーとは、同社の若手とジョイントベンチャーを組み、スマートロックのQRIOなど、画期的な新製品を開発しようと動いています。その際、いろいろな局面で、ソニーのトップのゴーサインをもらわなければならないこともある。彼はそうした案件をトップと直接相談することもできるのに、彼はやらない。

日置 なぜですか。

入山 そこが彼の「気が利く」ところなんですが、それをやると、頭を越された形になる中間層の人たちが快く思わないかもしれない。そこで彼はそういう人たちに配慮して、彼らのほうからトップに上げてもらっていると。シリコンバレーで働いていたのに、なぜ日本的な気配りができるのか。伊佐山君と私との対談を企画してくれたビジネス系出版社の人がこう言いました。「伊佐山さんが興銀(旧日本興業銀行)出身だからですよ」と。

 シリコンバレーと興銀。まったく異なるカルチャーを持つ2つの領域を経験していることが伊佐山君の武器になっている。そういう人を「境界(バウンダリー)をまたぐ(スパン)人」という意味で、「バウンダリー・スパナー」と呼びます。これからは、そういう人材がもっと重宝されると思います。

 興銀人材といえば、楽天の三木谷さんもそうです。ハーバード大学に留学していますから、興銀とハーバードというバウンダリーをまたいで活躍し、楽天という新しいものを創っています。

日置 それは興味深い分析ですね。次に考えるべきは、そういう人材は育てるべきなのか、それとも、ひとりでに育つのか、ということです。外資の経営者の場合、理系のエンジニア出身でも自主的にMBA(経営学修士)を取得している人がごろごろいます。つまり、自らハウンダリー・スパナーを目指しているわけです。

入山 労働力が流動化している昨今、米国では確かにエンジニアがMBAを取得する動きが目立っています。

日置 グローバル企業では、自ら育とうという意識のある優秀な人材に会社側もしかるべき役割を与えます。育つ可能性が高い人を育てようとしているのです。そのような人材は、ある部門しか経験したことがない「たこつぼ人材」ではなく、複数の事業を見た経験があるので、全社的視野で物事をとらえることができます。

 日本企業が得意とする、技を伝承するようなものづくり分野ではたこつぼ人材でも行けると思います。いや、正確には「行けた」と言うべきでしょう。ところが、そういった暗黙知的な技の伝承が急速にコアな強みではなくなってしまい、形式知としてのテクノロジーに置き換わってしまった産業では、その変化に、経営層を含め、日本企業の人材がうまく対応できていないのではないでしょうか。

 複雑系になったビジネス全体を俯瞰し、価値を創っていくことができなければ、たとえものづくりに強みがあっても、「技術で勝ってビジネスで負ける」状態を抜け出すことはできません。そのうちに、自分たちの強みがどこにあるのかがわからなくなるという悪循環を断ち切らなければならないのです。