なぜ、そうなるのだろうか。この現象は、次の2つの心理学的事実に起因すると思われる。

 第1に、人は通常、過去の苦境がどれほど辛い経験だったかを正確に思い起こすことが難しい。私たちは、過去のその経験が苦痛とストレスに満ちていたこと、辛い気持ちになったこと自体は覚えているかもしれないが、実際にどの程度苦しんだかを過小評価してしまう傾向があるのだ。この現象は「エンパシー・ギャップ」(共感の差異)と呼ばれている。

 第2に、逆境を乗り越えた経験の持ち主は、自分が苦境を克服できたことを知っているため、状況の困難さをよくわかっているという自信を強く持つ。

「どの程度辛かったか正確に思い出せない」状態と、「自分の力で乗り越えることができた」という気持ちが組み合わさると、どうなるか。その苦境は克服できるはずだという考えが生まれ、克服できず苦しんでいる他者への共感が薄れてしまうのである。

 この結果は、私たちの直感に反するように思われる。実験では、被験者らに次のような質問もした。「いじめを受けているティーンエイジャーに対してより強い共感を示すのは、誰だと思うか。自身もいじめを受けたことがある教師か、それともいじめられた経験のない教師か」。すると、112名中99名という圧倒的多数が、いじめを受けたことがある教師と答えたのである。

 これが意味するのは何か。多くの人々は、共感してくれる可能性が実は最も低い相手に、直感的に共感を求めてしまうであろうということだ。

 このことは、職場での同僚同士のコミュニケーションについても明らかなヒントを与えてくれる。感情を吐露する相手は慎重に選ぶべきだろう。また、メンターシップ・プログラムでは、経歴や経験が似た人同士を組み合わせることが多いが、これを見直す必要があるかもしれない。

 リーダーにとっても重要な示唆がある。悩みを抱えた部下に相談されたリーダーは、自分自身の感情的な反応に従って問題に対応すべきだと考えるかもしれない。たとえば、ガラスの天井(管理職への昇進をはばむ目に見えない人種的・性的偏見)を克服した経験を持つ幹部は、差別に関する部下の悩みについて、自分自身の成功を基準に考えてしまう可能性がある。

 同じように、コンサルティングや金融など、オーバーワークが常態になっている業界のマネジャーは、燃え尽きや過労を懸念する部下に対してこんなふうに答えてしまうかもしれない。「私もそのくらいの時間働かされたよ。なんで君だけが文句を言うのかな?」(事実、この現象を示す証拠も存在する。オーバーワークを軽減しようとする改革に、年長の従業員が抵抗するといった例である)。

 つまり、リーダーは固定観念を捨てる必要がある。過去に苦境を克服した自分の経験に、重きを置くべきではない。共感の差異を埋めるために有効なのは、相手の苦しみがどの程度なのかに、特に注意を払うことだろう。また、他にも多くの人々が同様の問題に苦しんでいるという事実を、しっかり認識することも重要だ。

 冒頭の例に戻ろう。初めて子を持ち、ワークライフ・バランスの問題で苦労している親は他にもたくさんいて、結局は職場を去ることを余儀なくされる人も少なくない。消耗しきっている部下の相談を受けた上司は、まずこの現実について考えるとよい。

 誰かをもっと共感的になるよう促すとき、私たちは「相手の立場に立って考えてみればいい」などとよく口にする。しかしこの言葉は、同じ立場を経験済みの人に対しては、まさに言ってはならないことなのかもしれない。


HBR.ORG原文:It’s Harder to Empathize with People If You’ve Been in Their Shoes October 20, 2015

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レイチェル・ルタン(Rachel Ruttan)
ノースウェスタン大学ケロッグ・スクール・オブ・マネジメントの博士課程履修生。

メアリー=ハンター・マクダネル(Mary-Hunter McDonnell)
ペンシルベニア大学ウォートン・スクール助教。経営学を担当。

ロラン・ノルドグレン(Loran Nordgren)
ノースウェスタン大学ケロッグ・スクール・オブ・マネジメント准教授。経営学と組織論を担当。