3Dプリンターは見えないところで当たり前に溶け込んでいく

――3Dプリンターの普及によって、ビジネスはどう変わっていくのでしょうか。

慶應義塾大学SFC研究所 ソーシャルファブリケーションラボ 横浜拠点にある3Dプリンターの前で

 流通の分野からも目が離せません。先日、アマゾンは配送センターに3Dプリンターを配備して、顧客から注文があった商品を、注文を受けてから印刷し届ける仕組みの特許を出願しました。これが進めば、ものの輸送がデータ転送で置き換えられ、輸入品であれば、これまで輸送に数日要していたものが数時間で届けられるようになります。物流が大きく変わります。メーカーにとって何より大きなメリットは、受注生産になるので在庫を持たなくて済むようになることでしょう。また、ユーザーに一番近い場所で出力するので、配送コストも抑えられますし、環境負荷も低い。

 アマゾンの3Dプリントコーナーは、いまはフィギュアや文具など小さな雑貨が中心ですが、5年もすれば光沢がある鮮やかなカラー、10年もすればさまざまな部品、さまざまな素材が組み込まれたものをつくれるようになるでしょう。その頃には、当たり前の技術になり、だれもわざわざ「3Dプリンターでつくった」ことを話題にはしなくなるはずです。

 実際、3Dプリンターでつくられたものは、すでに販売されているものもいくつかあります。ただ、わざわざ「3Dプリンター製」と銘打っていないものもあって、気がつかないだけなのです。

 アップル製品は、デジタルファブリケーション技術の一つであるCNCミリングマシンでアルミの削り出しでつくられているのですが、いまアップル製品を語るときに「デジタルファブリケーションでつくっているから」というのはあまり話題になりませんよね。このように、生産技術というのは、最終的には「裏方」になって溶け込んでいく性質のものだと思います。

――3Dプリンターが当たり前の時代に活躍するのは、どんな企業、組織ですか。

 大企業でもなく、個人の作家でもなく、その中間ともいえる、機動力の高いスモールチームの創造性が大切になるはずです。なぜかというと、IoT関連の製品をつくるためには、ソフトウエア、ハードウエア、デザイン、ビッグデータの解析、サービスなどさまざまな要素技術が必要となりますが、すべてを一人で把握できる専門家はいないほど、要素技術の幅が広がっているからです。そのため、それぞれの領域の専門家が一人ずつ集まってバンドのようにチームを組み、密度が濃いコラボレーションで製品をつくり上げるというイメージが大切になるはずです。これは縦割りの組織では難しいと思います。

――この分野で、日本ならではの強みはありますか。

 まずマテリアルは強いと思います。私たちも材料関連企業と共同研究していますが、3Dプリンターのための新しい材料開発は国内でも進んでいます。しかし材料は、それが何のジャンルのどういうものに使われるのかまで着地させないといけない。そこが課題ですね。私は環境に優しく、人体にも柔らかいソフトマテリアルの研究を続けていきたいと思っています。リサイクルやリユースのような資源循環のテーマも含まれます。

 もう一つもマテリアルと関係がありますが、立体表現と色彩、光沢、質感などを組みわせた感性ではないか、と私たちのCOIプロジェクトのなかでも議論をしています。3Dプリント品に漆を塗るだけで全然違ったものに見える、というような経験を私自身もしました。アナログな工芸はもちろん存在しますが、技術がデジタルになっても、非常に高精細な3Dデータを時間をかけてつくり上げていくような「デジタル匠の技」を磨いていく文化的素地も日本にはあると思います。

 実はいま、「ものゲノム」と名づけた「3D図鑑プロジェクト」も進めているのですが、ここに公開しているような昆虫データなどを美しく再現できる表現力を持った3Dプリンターができればよいと考えています。最後に、「新デジタルものづくり」はやはり人材が財産です。教育面もさらに充実させていきたいと思っています。

(構成/竹内三保子 撮影/宇佐見利明)