クロスモダリティ効果を活かして
脳の満足度を高める

 ワインの味と価格情報に関する実験では、価格情報が脳にどのような影響を与えるかが示された。ただ、高ければ美味しいと感じることと、高くて美味しければ購入するかということは、別の問題である。その人の懐具合にもよるだろうし、ワインがどのくらい好きか、いわゆる嗜好の程度や価値に対する感覚によっても異なる。また、ブランドやデザイン、他人の評判などによっても支払う金額は変わるだろう。

 支払う金額、すなわち商品の価格とは、他社商品や過去に上市した商品との比較で決定されることが多い。言い換えれば、科学的に決めるのではなく、過去の経験や知識という主観的な方法で決められているのだ。価格を1%上げることのほうが、原価を1%下げる、あるいは人件費を1%下げるよりも利益に貢献するのは明らかである。にもかかわらず、商品の価格決定は意外なほど曖昧な基準で行なわれている。

前回述べたように、支払うという行為は痛みを伴う損失行為、すなわち不快情動行動である。したがって、それを上回る満足感、すなわち快情動をどのように脳に与えるかを知ることが大切だ。そう考えれば、味だけでも、香りだけでも、デザインだけでもなく、脳のクロスモーダルな効果を理解して、総合的に脳に満足を与えることが重要であることがわかる。

 では、脳にどの程度満足を与えているのかをどのように計測するか。まだ確立された方法はないが、この計測手法の一つに「WTP」(Willingness to Pay:支払意思)を確認する方法がある。ある商品に対していくらなら買うか、妥当な価格を探る方法である。しかし、単に「いくらなら買いますか」と聞いても、実際の支払いが生じない、言い換えれば不快情動を起こさない状況では、まともな回答は得られないであろう。

 WTPについては、経済学でも古くから議論されているが、その計測や解析についてはさまざまな要因が絡むため簡単ではない。だが、最新の心理物理実験手法や脳波計測手法等を活用することでWTPを脳科学的に探る研究、いわば「ブレインプライシング」研究は継続的に進められている。たとえば弊社が事務局を務める応用脳科学コンソーシアムでも、「ブレインプライシング研究会」を設置して研究している。価格とブランド、価格とキャッチフレーズ、価格と商品名、そして価格と味や香りなどの関係を、研究としてではなく製品開発プロセスの中で科学的に評価できるようになるのは間違いない。

 電子マネーやインターネットの普及により、一物一価という考え方はすでに崩れ始めている。製造側や売る側が、価格を横並びで経験的に決めるという昔からの手法が廃れるのも、時間の問題だろう。

 最終回の更新は、2月5日(金)を予定。

 

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