「覚える」プロセスと「思い出す」プロセス

 ここからは、記憶するまでの過程をより詳しく見ていこう。

 記憶には「記銘」「保持(貯蔵)」「想起」という3つのプロセスがある。「記銘」とは「覚える」こと、すなわち脳に情報をインプットすることだ。「保持」とは、脳がその情報を維持し続けることである。そして「想起」は、脳の中にある情報を引き出す「思い出す」ことだ。これはパソコンにファイルを保存して、活用するのと同じである。

 ここで重要なのは、記憶には「覚える」プロセスと「思い出す」プロセスとがあるということである。

 覚えようと意識してもなかなか覚えられないことがある一方、どうでもいいと思っていることを忘れずに覚えていたり、忘れようとしてもたびたび思い出してしまったりする記憶がある。たとえば、人の名前が出てこないが、顔は思い出すということはないだろうか。それは、顔は人間が生きていくために重要な情報だからである。

 敵か味方か、相手が怒っているか、喜んでいるか、顔を認知することによって自分の生命が危機にさらされているかを判断する。それゆえ脳は顔を記憶に焼き付けようとするのだ。顔というラベルは、名前というラベルよりも脳に強く記憶されているとも言える。多くのCMで有名人を活用するのは、脳に記憶されやすい顔をラベルとして、商品と結び付けて覚えてもらいたいからだ。

記憶のラベル付けが重要である

 また人間の脳では、記憶している情報には何らかの関連情報でラベル付け、タグ付けがされていて、それを手がかりにして思い出すことができると考えられている。パソコンでフォルダ管理をするときにタイトルをきちんと付けないと混乱するように、脳の引き出しから記憶を取り出すためには、記憶にどのようなラベルを付けるかが重要になる。つまり、思い出すきっかけをどうつくるかが鍵となるのだ。

 たとえば、バラの花の香りの記憶は「バラ」という単語やバラの花の形、赤やピンクの色という情報と紐づけられている。「バラ」という言葉、形、色などの情報とともにバラの香りの情報が脳に蓄積されているのだ。バラの香りを嗅ぐと、たとえ目の前になくてもバラを思い出す人や、逆にバラの花の写真を見て、その香りを思い出すことができる人もいるかもしれない。

 これは商品の場合も同じである。一口に「チョコレート」といっても、商品名、企業名、パッケージデザイン、形、香り、味などいろいろな要素があり、これらはすべてラベルである。どのラベルが記憶に残りやすいのか、あるいはいま残っているのかを知ることは、ビジネスではきわめて重要だ。

 たとえば食品の場合、美味しいものであればその味が記憶に残っていると考えるのは早計だ。記憶において、味が最も重要なラベルかどうかは疑問だということを示す有名な実験がある。米国ベイラー大学のモンタギュー教授らが行ったコカ・コーラとペプシ・コーラの比較実験である。

この実験では、コカ・コーラとペプシ・コーラが入った2つの無地のコップから1つを選んで飲んでもらう。自分が飲んでいるのがコカ・コーラなのかペプシ・コーラなのか、味以外で被験者はそれを判断できない。

 また別のグループには、1つのカップは無地で、もう1つのカップにはコカ・コーラまたはペプシ・コーラのブランドを想起させるラベルが付いており、同じように飲んでもらった。このとき、被験者には無地のカップにどちらが入っているかを教える。ただし、その中身は両方ともペプシ・コーラ、または両方ともコカ・コーラになっている。

 実験の結果は、2つとも無地のカップで味覚テストを行うと、両者の好みにはほとんど差がなかったのだが、ブランドがわかる場合は、コカ・コーラを美味しいと選ぶ人が多かった。さらに中身に関係なく、コカ・コーラ派の被験者にブランドがわかるようにして脳を計測すると、脳の特定部位が活性化していた。[注2]

 この実験は、コカ・コーラのブランドがいかに強く脳に記憶されていたかを示すものとして、ブランド力の重要性を科学的に企業に再認識させた。だが必ずしも企業ブランド、商品ブランドだけが記憶のラベルとして有効ということではないことも理解しておく必要がある。

[注2]Samuel M. McClure, P. Read Montague et al., October 14, 2004, “Neural Correlates of Behavioral Preference for Culturally Familiar Drinks”, Neuron, Vol. 44, pp.379‒387.