「ナッジ」をビジネスに活かす方法

 こうしたナッジの例は、人間の本質を考慮した働きかけや政策立案の重要さを浮き彫りにしている。人間の情報処理能力と感情は、合理的エージェントになるには向いていないのだ。政策立案者は、巧みに設計された行動実験によって、政策の改善に役立つ有益な知見を得ることができる。そうした実験は、人間の行動が関係するさまざまな政策分野に適用可能だ。

 企業も同様に、人間の行動に対する理解を高めれば、より効果的なマネジメント慣行を見出せる(詳細は本誌論文「行動経済学でよりよい判断を誘導する法 」を参照)。職場での健康的な習慣の普及、幸福感や生産性の向上など、その影響は多岐にわたる。

 グーグルは社員食堂で、ナッジによって従業員に健康的な食習慣を促す実験を行った。「グーグラ-」(グーグルの従業員)が皿に手を伸ばす際に、「大きい皿を使う人は、小さい皿を使う人よりも食べ過ぎる傾向がある」ことを記した掲示が目に入るようにしたのだ。この小さな工夫の結果、小さい皿を使う従業員の数は1.5倍増えたという。

 ちょっとした働きかけによって、従業員の幸福感と生産性を向上させた例もある。デューク大学のラリン・アニクらによる一連のフィールド実験では、同僚およびチャリティー団体にボーナスをお裾分けした従業員の満足感と生産性は、そうしなかった従業員よりも高まったという(英語論文)。他者のためにお金を使う機会を従業員に与えたことで、幸福感、仕事への満足度、チームのパフォーマンスが向上したのだ。

 さらに別の例を紹介しよう。私と同僚は数年前に、米国の大手自動車保険会社との協業である実験を行った(英語論文)。同社の顧客1万3488人に送付する書類の中には、この1年間で何マイル走ったかを走行距離計に従って報告してもらう欄がある。顧客は走行距離をごまかして少なめに報告すれば、保険料が安くなるという金銭的メリットを得られる。それを避けるべく、送付した書類のおよそ半数には、「私が提供する情報は真実であることを約束します」と誓約する署名欄を末尾に設けた。残りの半数は、書類の末尾ではなく冒頭に署名欄を設けた。

 すると、冒頭で署名した顧客が申告した走行距離は、末尾に署名した顧客のそれより2400マイル(3862キロ)以上も多かった。こうしたわずかな変更により、正直に申告しようという顧客の意識を高めることができたのである。

 マネジャーは行動科学をふまえることで、新しいマネジメント慣行を考案したり、既存の慣行を改善したり、従業員の特定の行動がなぜ生じたのかを事後に説明したりできる。行動科学の知見を活用すれば、政府にも企業にも多大なメリットがもたらされる。実際、そうした取り組みは日々ますます増えているのだ。

 皆さんもナッジを活用してみてはどうだろうか。

HBR.ORG原文:Why the U.S. Government Is Embracing Behavioral Science September 18, 2015

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フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)
ハーバード・ビジネススクール教授。経営管理論を担当。著書に『失敗は「そこ」からはじまる』(ダイヤモンド社)がある。