国語の授業の教訓が、新米マネジャーの重圧を支えた

中竹:僕は読字障害で、字が読めないことがきっかけでした。国語の時間に教科書が読めなくて、パニックになって、みんなに笑われて。あまりに悔しかったので、徹夜して教科書を覚えたんですよ。全部。次の日どこに当たっても、覚えているから読んでやるぞと。

枝廣:読めなくても覚えているから言えると。

中竹:そうです。そして翌日、一段落ずつ当たっていって自分の順番が来て、かつてないくらいきれいに読んだんですね。よし、これはほめてくれるにちがいない。そう思っていたら、見事にスルーされて(笑)。

枝廣:見事に。

中竹:そう。でも、そりゃそうですよね、誰にでもできることだから。当たり前だって。それで、俺がこんだけ徹夜したのに、だれもほめないんだと思った夜に、「ああもうしょうがないな。自分は能力がないから、人の倍くらい努力するしかない」と。

枝廣:小学生で気づいちゃいましたか(笑)。でもその教訓は、その後にも活かされているんですよね、きっと。

中竹:初めて監督に就任したときも、さっきの国語の授業と同じような状況でした。選手の経験はあるけど、監督としてはど素人で、毎日舌打ちされたり、ため息つかれたり、ネットに書かれたりして。でも僕は妙に冷静で。

枝廣:どんなに悪口を言われても。

中竹:もちろん、くそっと思うこともありましたけどね。でも冷静に考えたら、こんなど素人が超有名な監督のあとにやってきて、経験がない、指導もできないっていう。現役4年生だったら僕だって文句を言うかもしれない。

枝廣:4年生にとってはラストチャンスですもんね。

中竹:そうなんです。だからもう、ごめんねって感じで。僕が監督になっちゃって。批判や反対の中よく耐えられましたねって言われるんですけど、でもそれは普通なんですよ。

枝廣:そこまで自分を客体化するのは、なかなか難しいと思います。でも国語の授業の原体験がある。だから、言われてつらいと思うんじゃなくて、外から見たら確かにそうだよね、って気づけちゃう。一歩引いて、自分自身を俯瞰して見ているんですね。

(後編につづく)

※次回は12月15日(火)公開予定