昨日の勝利の方程式は、明日には通用しない

 1970年代から80年代初頭には、インドのIT企業はインドから米国にエンジニアを派遣し、コスト競争力で勝負していました。インドのエンジニアは当時月700ドル位の低賃金で、このモデルはインドという国の特性に依存したものでした。

 しかし今では、インドのエンジニアが、インドからオンラインで顧客システムを管理する形に移行しています。これはインドIT企業が苦心して作り上げた固有のモデルで、より期日を守り、コストを下げ、信頼性を高めることに成功しました。その結果今では、彼らは数億ドル規模の巨大ITプロジェクトを競う世界トップ企業になっています。彼らは環境に頼らず、独自の能力を作り上げたからこそ、辺境の小企業から存在感あるトッププレイヤーに脱皮したのです。

――EMNCのグローバル企業化の道筋は、先進国企業とは違うのでしょうか。

 同じとも違うともいえる、難しい質問ですね。同じというのは、たとえば1960年代のトヨタを思い出せば、今の新興国企業と似たようなものだったでしょう。当時トヨタはクラウンを米国で売ろうとして、失敗しました。馬力も足りず、多くの欠陥があるといわれました。そうした経験から学んで、トヨタは歴史的な快進撃を実現しました。

 韓国のLGも同じようなものです。1972年にGoldstarブランドを米国で立ち上げてから、ほぼ30年は苦戦しました。2002年になって、彼らはLGブランドを立ち上げます。そして2005-06年までには、LGは米国で最も人気あるプレミアム白物家電プレイヤーになっていました。

――何が変わったのでしょうか。

 それは、低コストに頼るのでなく、米国の顧客を真に理解しなければ勝てないと、彼らが悟ったことです。LGはニュージャージーにデザインセンターを立ち上げ、「韓国向け商品を米国でも売る」モデルから、「米国向け商品を韓国でも売る」モデルにゲームチェンジしました。世界最大の米国市場に比べれば、韓国市場は小さく、これは合理的な判断でした。このように顧客に焦点を当てた海外での成功物語は、歴史に何度も繰り返し見られるパターンです。

――歴史は繰り返すのですね。今と昔が違う点はどこかにあるのでしょうか。

 トヨタやLGが米国進出した時代と今とでは、前提となる環境が違うでしょう。日本企業が国際展開し始めた当時は、今ほどグローバル化が進んでおらず、世界はまだマルチ・ドメスティックでした。1990年代に韓国企業が台頭した時でさえ、世界はグローバル化しつつあったとはいえ、今日ほどではありません。インターネットは揺籃期で、情報の非対象性も残っていました。

 今日の世界はもっとフラットになっており、それがチャンスにも脅威にもなっています。先進国企業が、すでに持つ豊富なリソースを使ってチャンスを活用できれば、大きなリターンを得られます。しかし、古い考え方にこだわるなら、現在のような目まぐるしい環境変化はやっかいな問題になります。

 重要なポイントの一つは、成功こそが失敗の種となってしまうことです。企業は、何かがうまくいくと「これがビジネスの正しいやり方だ」と考え、過去の成功モデルを改善し続けようとします。しかし残念ながら世界はどんどん速く変わり続けるので、昨日の勝利の方程式は明日の助けにはならないのです。