「成功の方程式」を捨てられるか

日置 もともと人間は認知的不協和を起こすような大きな変化を本能的に避ける生き物で、誰にとっても改革は難しいものです。加えて、経営に民族学的な日本人論を持ち込むのはあまり好きではないのですが、日本人は変わりにくいのではないかとも。瑣末な例ですが、久々に会った知人に対する挨拶でも、日本語では「お変わりありませんか」と変わらないことを是として尋ねるのに対して、英語では「What’s up?」と何か新しい変化があったかを尋ねることにも表れるように。

 和を重んじるというのも、良く言えば協調性ともいえますが、経営においては責任の所在を曖昧にしたり、結論を先送りしたりと変化に対してはネガティブに働いているようにも思います。ほかにも、変化の起点が天災か人災か、「流れの歴史観」と「積み上げの歴史観」など様々な見解もあります。そのような特性もあるせいか、日本企業の「変革」は欧米企業のドラスティックでありながらも本質を押さえた方向転換に比べると、何となく皆で痛みを分かち合い、今をやり過ごしている傾向にありそうです。

入山 経営学でも「イナーシャ(Inertia)」といって、組織は放っておくと硬直化するという性質があることが知られています。意図的に変えていかなければ、自国と異なる海外マーケットの特性や時代の変化には対応できないはずなんです。日本企業の多くには、まだ、「良いものさえ作っていたら売れる」という右肩上がりの時代の公式を、遺産として引きずっているところがあるように見えます。日本型雇用システムが機能していたので、その企業に特化した技術を積み上げていけば、大胆な戦略とかビジョンを考えなくてもよかった「古き良き時代」を生きているといいますか。

日置 遡って考えると、戦後、日本が復活し、先進国となっていく過程においては、「安心・安全・安定」が欠かせなかったため、社会の仕組み自体を、ある程度の「固定化」を前提として整備してきたのではないかと思います。そこでは、社会の安定のために雇用を維持する、という役割を企業が担っていた背景があり、その上、経済全体のパイも拡大していたので、低収益な事業も抱えておけたし、マーケット視点では何の新規性もないけれど、自社にとっては新規な事業を中途半端に作ったりすることもできてしまいました。

入山 確かにそうですね。企業の仕組みは、その時代の社会システムと補完関係にあるので、企業の内側だけに目を向けるのでは不十分です。日本の戦後から高度成長期の企業は、「終身雇用制」「企業内教育」「流動性の低い労働市場」がワンセットになった形で強かったわけです。したがって、一企業の中だけ改革を進めようとしても、今の時代の大きな変化にはうまく対応できない面もありそうですね。

日置 ある意味、強固な成功の方程式だったんですよね、戦後からの長きにわたり、日本という国が置かれていた環境にはすごくフィットした仕組みで。それがあったからこそ、今我々はこのような暮らしをしているわけで、そのものを否定する議論ではないと思います。けれども、その成功体験があまりに大きかったがために、グローバル化やデジタル化が言われ始めた1990年代初頭以降の大きな変化に対応しきれていないのかもしれません。その頃から四半世紀が経った今では、さすがに頭では理解しているものの、社会全体に広がる慣性のため、行動に移しきれないというか。

入山 同感です。やはり個別企業だけではなくて、日本全体の問題でもありますよね。補完関係にある構造の中で1つだけを変えようとしてもたぶん変わらないのでしょうね。僕は学生に聞かれるとよく言うのが、「古い仕組みのままでいる大手の伝統的な企業にはあまり期待しないほうがいい」ということです。そもそも変化しない企業が潰れてない日本の現状のほうがおかしい、と考えたほうがいいということです。

危機感を共有し、改革の機会を見出す

日置 もちろん、環境のせいばかりにはできません。1990年代以降、グローバル企業では大きな変革に取り組み続けていますが、どのような企業のリーダーにせよ、新しい時代の方向性を見抜けてはいなかったと思うんですよ。ただ彼らが偉かったのは、そこで一歩を踏み出したことですよね。中には、危機に直面してから行動を起こした企業もありますが、多くが、自ら未来の危機を感じ取り、まず踏み出してみて、「なるほど、そうか」と試行錯誤を積み重ねていったんです。一方で日本企業は、根拠も無いのに、「何とかなる」と踏み出さずに過ごしているうちに、機を逸しているのではないかと危惧しています。

入山 逆に言うと、赤字続きなど惨憺たる状況になるまで、誰もリスクをとりたがらなかった、ということですよね。グローバルな競争を考えると、それでは遅すぎると感じます。改革するべきタイミングを自分達で見極めて、自ら変わり続けることが当然、という感じでないと。

日置 戦後の体制の転換や、復興を経験してきた世代は違うのでしょうが、その後出来上がった仕組みに乗っかってきた世代は、大きな変化をそれほど経験していませんからね。外圧などのプレッシャーがなければ変われない、ということかもしれません。企業ごとの「追い込まれ度」のような指数があれば違うのかもしれませんが。

入山 面白いですね。経営学で言うと、Strategic Renewalがそれに当たる考え方だと思うのですが、どのようなタイミングで、どの程度追い込まれたら、いかにRenewalするか、経営者はいつも危機感を持って考えなければなりません。