タテ社会・日本における
ChiefでOfficerを実現するために

 日本企業のCxOの進化に際して、頭をもたげるのが、先ほど「外形的にはCxO 2.0」とした部分である。第1回にも書いたように、実際のところは、CxOがChiefにもOfficerにもなれていないことが問題になる。

 とりわけ、経営のグローバル化が進む中で、本社にいる機能責任者がグローバルレベルでのChiefとしての役割を果たしきれていない。それを乗り越える際に根深い障害になるのが、日本のタテ社会という特徴である。タテ社会という言葉からは、上意下達で、上層部の指揮命令が末端まで届き、それを絶対として従うというイメージを持つかもしれないが、創業者・創業家が存在する企業以外では、そのようなトップダウンを苦手としていることは周知のとおりである。

 日本のタテ社会の構造を世に示した中根千枝氏の論(*5)を借りれば、タテ社会の実態は、日本はイエという小さくて孤立性の高い単位を基準に、より大きなムラとの関係を築いてきたため、企業という大集団に所属するのも、個人としての意識より、部署という小集団の一員としての意識が強くなるという。そして、タテ割りでタコツボ化した集団では、全体のトップではなく身近な目上の人に従う、例えば国のトップではなく家長の言うことを聞く、という構造になっている。

 その最たる事象が、グローバルレベルでの企業体の作り方の違いに見られる。グローバル化を進めている欧・米企業は、グローバルで1つの会社という発想(ファンクションベース)、一方、ほとんどの日本企業は個社を積み上げてグローバルを形作る発想(エンティティベース)で組織がデザインされている(*6)

 企業全体のChiefであるCxOが、本社の長にはなれても、子会社には指示が通らないというのは、まさにこれを反映している。一国一城、子会社という家族の中にはChiefとて踏み込ませないという意識である。

 このタテ社会の特徴は、次回論ずる予定のOfficer=執行者として分散した機能と意思決定を統合して価値を発揮する「統合バリュー型=CxO3.0」を目指すにあたっても壁となる。日本では、タテのつながりが強いのに対して、ヨコのつながりが弱く、ドイツの職人団体であるギルドのように企業というタテのつながりを超えて、あるいは、それとは別のヨコのつながりを持つことは、タテのつながりに背く行為であると見なされ、発展しにくいのである。この傾向は、欧米に比してのことだけでなく、中国や東南アジアなど個人間のネットワークが重視される国々よりもヨコのつながりが乏しい。

 さらには、グローバリゼーションはまさにネットワーク型の関係性であり、それをハイパーコネクティビティという次代へと推し進めるデジタルも、人々から国境や時間といった隔たりをなくし、真に世界をヨコにつなごうとしている。それらに対応して、企業も、それを牽引するCxOも、事業や地域、経理や人事などの機能という「複数軸のタテ割り」に縛られず、社内外でヨコのつながりを創っていけるようにならなければ、ますますグローバル企業の世界観とスピードから置き去りにされてしまうだろう。

*5 中根千枝『タテ社会の力学』(講談社、1978年)
*6 入山章栄×日置圭介「ガラパゴス化した日本企業の『組織論』」(経営学者×経営コンサルタントの『グローバル経営現論』第6)