パイロットとして叩き込まれた哲学

――油井さんの前職は自衛隊のパイロットです。同じような仕事をされてきたことで、親近感を感じることもありましたか?

 あります。選抜試験のときもそうでしたし、宇宙飛行士になってからも、訓練に臨むにあたっての心構えだったり、訓練のやり方だったりも似ています。また、その後の反省の仕方、反省点をほかの人と情報共有するというやり方もすごく似ているなと思います。

 パイロットの世界は情報交換をすごく大事にします。特に失敗した経験の共有をすごく大事にするんですね。他人を蹴落とすとか、誰が優秀かではありません。私が操縦していた旅客機でいえば人命を預かっていますし、油井さんはご自身の命と国家としての非常に重要なミッションを預かっています。そのため、自分が何かで失敗したらその情報を共有して、他人が同じ間違いをしないようにすることが、パイロットとしての哲学です。

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T-38フライト訓練に臨む大西氏。
提供:JAXA/NASA

 私が旅客機のパイロットとして受けた訓練は2年間くらいの長いスパンですが、その間に大切な試験が課されました。そこで落ちてしまうとパイロットになれないような、かなりのプレッシャーがかかる試験が何回かあります。そこでは、2人か3人でチームを組んで試験に臨むので、最初に試験に入るチーム、次に入るチームと順番が決められます。

 もちろん人間ですから、100点はなかなか取れません。最初のチームは試験には通過できたけど、小さな失敗があって90点だとします。通常の試験の感覚であれば、そのチームの人は、自分が犯したミスを次の人に伝えませんよね。自分がそこで減点されているので、「次の人も同じミスをしないかな?」と期待したりもするでしょう。

 パイロットの世界では、最初のチームが失敗をして、同じ試験を受けた別のチームが同じ失敗をしたら、教官が叱るのは最初のチームです。「なぜお前は、自分の失敗を次のチームに伝えなかったんだ!」と必ず言われます。次のチームを怒ることはありません。失敗を共有して、チームとして最善のパフォーマンスを発揮するマインドセットは、パイロットは徹底しています。宇宙飛行士の訓練に入ったときも、私と油井さんはその意識が強かったように思います。

――油井さんとは、試験後も密にコミュニケーションを取られていますか?

 ずっと連絡を取っていますね。ヒューストンに来てからもよく食事に一緒に行きました。訓練で苦労するところも同じようなところを苦労していたので、その情報交換も兼ねていました。友人の一人といった関係ですが、私のほうが年下なのでもっと敬わなければいけないとは思っています(笑)。

――仲間でもありますが、ライバルでもあります。特別意識されることはありませんか。

 ある講演でも「油井さんはライバルですか?」という質問をされたことがありました。そのときも考えたのですが、ライバルではないというとそれは嘘だと思います。同じ仕事をしていて、ISSに搭乗する機会は限られているなかで、それを競い合うという意味ではライバルかもしれません。

 ただ、油井さんはたしかにライバルでもありますが、同時に、とても仲の良い友人だとも思っています。また、油井さんだけが特定のライバルでは決してありません。油井さんが選ばれたときは嬉しかったですし、感慨深いものがありました。

 試験のときもそうでしたが、誰かを蹴落とすのではなく、自分にできることをやり、結果として自分が選ばれるか他の人が選ばれるかの世界です。自分のベストを尽くすこと意外は考えていません。

――憧れであった「宇宙飛行士」という肩書きを得た時点で、ある程度満足してしまうことはありませんでしたか?

 それはありませんでした。むしろ、プレッシャーを感じて身が引き締まりました。私の原点は、あこがれです。宇宙ってすごいな、神秘的だな、行ってみたいなという、子どもっぽい動機が原点だと思っています。あこがれで目指してきたものが、急に現実になり、その瞬間にもちろん責任が発生します。国民の皆さまの税金で訓練をして、宇宙に行くわけですから。自分の夢を叶えるためだけに行くわけではありません。その重圧は、受かった瞬間にすごく感じました。宇宙飛行士になった瞬間から、自分一人の目標ではなくなったんです。

――好きなことが仕事になると、反対に嫌いになるということもあり得ると思いますが、大西さんはいかがでしたか?

 嫌いになったことはありませんが、全部が全部楽しいかというと、それはありません。訓練自体はとても大変です。よく子どもたちから、「宇宙飛行士になるために大事なことはなんですか?」と質問をされます。そのときは、こんなことを伝えています。

「好きなことや得意なことは誰でも頑張れます。むしろ、嫌いなことや苦手なことを頑張れた経験のほうが、いま振り返ってみると自分の糧になっている。宇宙飛行士の訓練もそれと同じで、本当にやりたいことをやるために苦しい訓練があります。そこを乗り越えるからこそ自信になるし、自分の実力にも気づけるようにもなるので、好きなことや得意なことだけではなく、嫌いなことや苦手なことから逃げずにやり抜いてください」

 子どもたちの前では格好いいことを言っていますが、自分への反省も込めてですね(笑)。 

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