24時間行動を監視される
過酷な閉鎖環境試験

――同期や友人も受験するとなると、それまでの仲間がライバルにもなるわけですよね。関係に変化はありませんでしたか?

 不思議なことに、選抜試験を通して競争心はほとんど芽生えませんでした。たとえば、最終選抜試験には10人残り、閉鎖環境の中で試験を行ないます。競争心というよりも、全員がチームワークを発揮して一生懸命取り組むなかで、結果的に2、3人が選ばれるのだろうという心持ちでした。競争をしたりするのはあまり好きではない自分の性格もあるかもしれません。

――若田光一飛行士や油井亀美也飛行士もおっしゃっていましたが、蹴落としてやろうという気持ちは出てこないものなのですね。

 きれいごとではなく、最後までまったくありませんでしたね。おそらく、最終試験に残った10人全員がそう考えていたと思います。受験者のそれぞれが、自分より優れているものを持っているメンバーでしたから。自分が受かるという確信は最後までありませんでしたし、この中で誰が受かっても祝福できると思っていました。

――選抜試験のなかで、最も思い出に残っていることを教えてください。

 閉鎖環境試験です。小さな建物に1週間、10人が缶詰になり、分刻みでさまざまな課題を与えられるテストがあります。それはいまでも思い出話に花が咲きます。試験中は24時間テレビカメラで監視され、音声もすべて録音されています。自分の活動も逐一、時計型のセンサーで感知されているので、どうしても「いいところを見せなければ」と思ってしまい、普段の自分と違う自分を演じながら初日を過ごしていました。

 ただ、そうすると初日からすごく疲れてしまったんです。寝る前にぼんやりと考えながら、もし良い格好をして受かっても、この先一生苦労するのは自分だと気づいたんですね。そうして2日目からは切り替えて、普段通りに行動しました。

 それで結果的にダメであれば仕方ないことですし、その様子が評価されて受かるのであれば、自分は向いているということだと割り切りました。1回割り切ってからは、かなりリラックスして試験に臨むことができましたね。

――閉鎖環境試験では、どのような課題を与えられるのですか?

 ディベートが多かったですね。あるテーマを与えられて、賛成側、否定側に分かれますが、自分の本来の意思とは関係なく割り振られてしまうのです。この議題は実際にはありませんでしたが、「日本は日米同盟を今後も継続していくべきか」というお題があったとしたら、指名されて「あなたは賛成派です」と。

 おもしろいものでは、「いままでにないボードゲームをつくってください」という課題もありました。最も比重が大きかった課題とは、「宇宙で人を癒すためのロボットをつくってください」というものです。ロボット製作には4日間、1日あたり2~3時間を使いました。

 ロボットづくりのときには、ドラマがありましたね。その課題も2チームに分かれて競い合います。私は油井(亀美也)さんと一緒のチームで、「サッカーロボ」をつくりました。ロボットの周囲にセンサーがついいて、ボールの前に持っていき、手を叩くとクルっと回って尻尾でボールをキックするというロボットをつくろうと決まりました。

 製作途中で中間報告の場があるのですが、そこでJAXAの試験官からものすごい勢いでダメ出しをされたんです。もう、けちょんけちょんです(笑)。自分たちがいままでやってきた作業を全部、まるで存在すら否定されるような剣幕でした。

 そのときは油井さんがリーダーでしたが、あまりに厳しく言われたのでみんな落ち込んでしまい、絶望的な雰囲気でした。そのとき油井さんが、「いま指摘されたことをまとめると、こことここが問題で、結局このロボットの課題はこの4つです」とまとめてくれて。さらに、「残されている時間はこれだけあり、他は解決できると思うけど、この課題に取り組むのはリスクが高いから、この3つを優先していこう」と、そんな話をされたんです。

 そのときの油井さんのリーダーシップはすごかったですね。みんなは、どうすればいいかわからなくて混乱している中で、油井さんが強烈なリーダーシップを発揮されたので、その瞬間が鮮烈なイメージで残っています。