第2に、グルポ・ビンボは単に強みを持つだけでなく、それを海外に移植して失敗することを糧に、現地に最適化させる高速学習を繰り返している。

 たとえば米国市場は、代表的な例である。同社は1980年代から、メキシコ式優良オペレーションの輸出で米国事業を拡大してきた。しかし2000年頃になると、ウォルマートなど強力な小売が力を増し、事業環境が悪化した。棚をめぐるメーカー間競争のため、消費を刺激するニッチな新商品の開発提供が求められ、また欠品防止のため棚への商品補充をより頻繁に行うよう、小売からの要求は厳しくなった。一方で商慣習上、売れ残りは返品されメーカーが損失を負う。

 さらに問題となったのが、米国では多くの州で運送業者の組合化が進んでいたことである。このため頻繁に棚補充をしようにも、時間外配送に組合が抵抗しコストが膨大になる。ついには、こうしたローカル事情が障害となり、米国事業は巨額の損失を出すに到った。

 ここで同社は、オペレーションモデルを市場に合わせ大きく変化させた。もともと同社は、各地の地場物流業者と連携して事業を拡大してきた。しかし米国では、自らトラックドライバーの独立支援制度を整えた。組合化されず柔軟に対応できる物流業者を新たに育て、自社が持つ需要予測と適時生産の強みが活きるモデルに進化したのである。

 同社は中南米でも、失敗と学習のサイクルをたどった。2000年代初頭に本格展開した当初は、同じスペイン語圏でもあり、自国の成功モデルをそのまま輸出した。スペイン語のブランド名もそのまま使い、母国のヒット商品を展開した。

 ところが、国による食習慣の微妙な違いが大きな壁となった。中南米ではメキシコと違い、普通のパンは伝統的な町の小さなパン屋で買う傾向が強い。またメキシコで好まれる果実系でなく、中南米では甘いパウンドケーキやミルククリーム系の商品がメーカー製として好まれる。さらに同じスペイン語でも、語感や好まれるネーミングは少しずつ異なる。

 営業販促の面でも、同社はメキシコ同様に家族経営の零細小売に力を入れたが、南米ではハイパーマーケットがある程度浸透し、重要な市場となっていた。配送面でも、同社はメキシコ同様にパンとスイーツ系商品の配送を2つに分けていたが、市場が小さな国では2つの配送組織は非効率だった。

 このようなギャップから伸び悩みが明らかになると、同社はスイーツ系商品を開発強化し現地独自ブランドを打ち出した。さらに営業販促では大手流通に資源をシフトし、配送組織を統合するなど、短期間にモデルを現地適応させていった。

 日本企業でも、日本で成功した商品やモデルを現地に移植する例は多い。しかし、それがうまくいかなかった時に、その先に進んで本国に無い修正モデルを作り出す馬力とスピードに欠けることが多い。一方で多くのEMNCが、得意の「型」は持ちつつ、海外市場に出てからは丁寧に現実と向き合い、学習しながら高速でアジャストしていく能力で戦っている。「型」はそのまま使える成功の方程式ではなく、早く立ち上げて早く失敗するために使う。そして同時に、失敗した際の基準点として、どこをどう直すかの座標を教えてくれるガイドとなる。