反対に、怒りや不満を持って接すると相手の忠誠心を損ねる。ペンシルバニア大学ウォートン・スクールの教授でベストセラー『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』の著者でもあるアダム・グラントは、「相互依存の法則」を指摘する。部下に度を越して恥をかかせたり叱責したりすれば、自分への災いとして跳ね返ってくるということだ。「次回にその部下に頼らねばならない時、以前にあった忠誠心の一部が失われている可能性がある」と言う。

 ワシントン大学のカート・ダークスらの研究によれば、人々はリーダーの信頼性に対して非常に敏感だが、思いやりを示されるとリーダーへの信頼感を強める。簡単に言えば、共感を示してくれる上司に対して人の脳はよりポジティブに反応するのであり、これはケース・ウェスタン・リザーブ大学のリチャード・ボヤツィスらによる脳神経画像の研究によって実証されている(英語論文)。さらにラ・トローブ大学のティモシー・バートラムらの研究によれば、従業員はリーダーへの信頼を強めることでパフォーマンスも向上するという(英語論文)。

 スタンフォード大学で「思いやりと利他主義研究教育センター」のディレクターも務めるドーティは、手術室での初めての経験をこう振り返る。彼は緊張のあまり大量の汗をかいていたが、やがて汗の一滴が術部に落ちて汚染してしまった。手術は単純なもので患者の生命には何の差し障りもなく、術部に落ちた汗も簡単に洗浄できた。しかし、執刀していた外科医(当時屈指の著名医)は激怒し、ドーティを手術室から追い出してしまった。帰宅した彼は、屈辱の涙を流したという。

 もしその外科医が違った対応をしていたら、ドーティの忠誠心は揺るぎないものになっていたはずだ――彼はインタビューでそう述べる。「その先生が激怒せずに、こんなふうに言ってくれていたらね。『君、今何が起こったか見なさい。術部が汚染されたね。君が緊張しているのはわかる。外科医になりたいなら、緊張してはいられないよ。ちょっと外へ出て、気を落ち着かせてきたらどうだい。帽子を調整して、汗が顔に垂れないようにするといい。戻って来たらいいものを見せてあげよう』。こんなことを言われたら、彼は僕の永遠のヒーローになっていたよ」

 怒りにまかせた対応は忠誠心と信頼を損ねるばかりか、部下のストレスを高めるため創造性をも阻害する。ドーティはこう説明する。「恐れや不安に満ち信頼感の欠如した環境では、人々は自分を閉ざしてしまう。神経科学によれば、人間は恐れと不安を抱くと脅威に対する反応が起動し、認知制御が悪影響を受ける。その結果、生産性と創造性が損なわれてしまう」。安全だと感じている時には脳のストレス反応が弱いことが、脳撮像研究でわかっている(英語論文)。

 グラントも同じ見解だ。「不満と怒りに満ちた対応をすると、部下はその後、リスクをとらないようになる。ミスを犯しマイナスの結果を招くことを恐れるようになるからだ。言い換えれば、学びとイノベーションのために欠くことのできない実験の文化を殺してしまう」。グラントが引き合いに出すのはミシガン大学のフィオナ・リーらによる研究だ。マイナスの結果に対する恐れではなく、安心できる雰囲気を醸成することで、創造性に不可欠な実験精神を促進できる(英語論文)。

 もちろん、私たちが怒りを感じるのには理由がある。怒りの感情が時にメリットをもたらすことも研究で示されている。たとえば、不正に対して立ち上がるエネルギーを与えてくれる。また、怒りの表明は悲しみの表明よりも権威を感じさせる効果がある。しかし研究によれば、リーダーが怒りというネガティブな感情を露わにすると、部下は実際にはその能力を低く見る(英語論文)。反対に、人当たりがよく、厳しさではなく温かさを感じさせることはリーダーにとって明白な利点となることが、ハーバード・ビジネススクールのエイミー・カディらによって示されている。