「真実の本」で常に先手を取る

 キャンペーン戦略が後手に回らないための基本的な対策として、選挙対策本部では、朝早くから日々の活動を始めることとなった。

 選挙戦が公式期間に入る前のある日、クロスビーはやや申し訳なさそうなトーンで、「これからは朝7時から夜7時までをベースの活動時間としたい」と話した。1日の活動のリズムとして、徹底して先手を取って活動を進めていくことが意識されていたと言える(正直なところ、日本人の感覚で「朝早く」と言うのと比べると、たいしたことはないだろう……)。

 だが、それでも敵に先手を取られることはどうしてもある。その場合には、すぐに対処して沈静化させ、マスメディアを長期にわたって賑わせることがないようにすることが重要だ。そのためには入念な準備とモニタリングが必要となる。

 日々のニュースや対立候補の陣営の動きに常に目を配り、対立候補陣営が何を仕掛けてきているのか、すぐに察知しなければならない。そして、それに素早く対処するための準備が欠かせない。あらかじめ、何を相手が仕掛けてくるのかを予測しながら、政策面、人物面、あらゆるところで反論材料を用意しておくのだ。

 ボリスの政治・政策調査チームには、私が選挙対策本部に参加するずっと前から作成が進められ、選挙戦の終盤まで更新が継続されていた「バイブル」とも言うべき資料が存在していた。それは「真実の本(Book of Truth)」と呼ばれており、チームのすべてが詰まった資料である。

「真実の本」には、ストーリー仕立てで選挙全体のメッセージが書かれていた。

 ボリスの「9ポイント・プラン」に即して、それぞれの政策領域でボリスがこれまで何を実現してきたのか、これから何をしようとしているのか、リビングストンが市長時代に何をしてきたのか、そして、想定される対立陣営からの攻撃内容とそれに対する反論まで、そのすべてが書き込まれていた。そして、1つひとつの主張について、主張の見出し、主張内容、それを支えるデータが丁寧に記載されていた。

 たとえば、「ボリスの市長時代に、凶悪犯罪・殺人が増加した」と批判をされても、「殺人は1978年以来最低水準である。リビングストンは通常の統計と異なり、住居侵入窃盗を『凶悪犯罪』に含めることでその数字をつくろうとしているが、過去1年間だけでも、通常の統計の定義での凶悪犯罪は8.4%減少している。リビングストンの市長時代、2000年から2007年にかけて凶悪犯罪は11.2%増加した」という主旨の反論プレスリリースをすぐに発する。そのような反論を瞬時にできるための、徹底した準備が行われていたのだ。

 準備にかける時間が長ければ長いほど、本番の選挙戦において、突発事項に対して柔軟に対応することができる。「真実の本」はそのシンボルである。