●組織を率いることは、文化を形成すること

 一連の議論からは、重要な教訓が明らかになった。問題の焦点は、自己管理および自己組織化という体制が「機能するかどうか」ではない。それが機能することは、かつてイギリスの炭鉱業が新たな技術によって破壊的変化に見舞われた時にこの方法が導入されたことですでに知られている。エリック・トリストとケン・バムフォースによる画期的な研究によれば、炭鉱労働者のチームにみずから目標設定、業務計画の策定、人材管理をさせたところ、テクノロジーの導入によって失われていた「責任感を伴う自主性」が回復され、満足度と生産性が高まった。この調査研究はステイヤーが社員に手紙を書くよりずっと前、1951年のものだ。

 ただし複数の研究によれば、こうしたシステムの実践は難しく、すべての参加者に大きな努力が求められる。そして有効であるという証拠があるにもかかわらず、多くの人々がその成果に懐疑的だ。

 議論によってあぶり出された教訓とは、組織の統率に伴う大きな(内在的な)矛盾である。つまり、リーダーは文化を形成しなければ、組織を率いていることにはならない。しかし文化を形成し導いても、全員がついてくるわけではない、ということだ。

 組織を率いることに熱心なリーダーは、財務的な成功だけに甘んじることはめったにない。遅かれ早かれ、文化を形成しようと意欲的になる。財務目標を達成すればリーダーの職を失わずに済むが、それ自体はリーダーの役割の半分にすぎないと気づくのである。

 昨今ではリーダーシップの評価において、リーダーが決められた目標をどのくらい達成できるかという、財務面のパフォーマンスが強調されがちだ。しかしリーダーシップには文化的な側面も問われる。つまり、一連の価値観と望ましい生き方を組織にしっかり浸透させているかどうかだ。これら2つの側面に留意しない限り、組織を長期にわたって率いるべきリーダーとは見なされない。

 ところがリーダーが文化を重視すると、熱心な賛成派だけでなく懐疑派も生むことになる。特に、従業員が慣れ親しんできた組織構造や規範、手順を変えようとすれば賛否が分かれるのは珍しいことではない。

「皆さんの中で、自分と会社のために、金銭的な儲けだけでなくそれを超えたインパクトを実現したい、と考える方はいますか」。私はラルフ・ステイヤーに関する講義の締めくくりに、マネジャーたちにこう尋ねてきた。するとほとんどが手を上げる。そこでさらにこう尋ねる。「今日この場で皆さんの多くがステイヤー氏に対して示したような、不信感にはどう対処するつもりでしょうか。ステイヤーの時代に比べ、リーダーへの不信感ははるかに強くなっています。皆さんも抵抗に遭い、経営者でいられなくなる可能性もありますが、どうしますか」

 どんなにリーダーが善意に満ちていても、目覚ましい実績があっても、スマートなやり方をしても、リーダーシップの行使は賛否や葛藤を生むことになる。それに対処できない限り、リーダーは反対意見を抑圧するか、事実上の原理主義者になるか、途中で諦める、という結果になってしまうことが多い。

 私は数年前、講義でステイヤーのケーススタディを使うことをやめた。いくら普遍的な教訓が得られるとは言え、受講者たちは1980年代のソーセージ会社の決断について――その後世界的ブランドに成長したものの――議論したくないと思われるからだ。彼らが興味を示すのは、セムコやサウスウエスト航空、ゴアテックス、HCLの事例である。そしてザッポスについても――。