2つのターゲットグループはどこにいるのか?

「選挙では3種類の有権者がいる。ベース層、スイング層、アンチ層だ」

 クロスビーはこのように語っている。この3つは、選挙で頻繁に用いられる有権者のセグメンテーションである。

 ベース層とはみずからの支持基盤であり、ボリスにとっての保守党支持者、ボリスのファンである。クロスビーは、まずベース層を固めることが先決だと語る。

 また、スイング層とは、自身にも対立候補にも投票しうる有権者であり、たいていの場合、当選するためには一定のスイング層からの投票が必要になる。そのため、ベース層を固めた後にスイング層の取り込みを図る。

 最後のアンチ層とは、対立候補の支持層であり、これは投票してもらうことがもっとも難しい層である。この層に向けてできることは、もっとも強い対立候補の支持層に切り込み、白票、棄権、他候補への投票などのいずれかの形で、その対立候補への投票を減らすことくらいである。

 では、ボリスとリビングストンの典型的な支持層を見てみよう。

 地域的には、ロンドン中心部は労働党の地盤であるため、労働党カラーの赤で染まる。これに対して、アウターロンドンと呼ばれるロンドン郊外は保守党の地盤で、選挙結果が保守党カラーの青で染まりがちである。ちょうどドーナツのように赤と青の色のコントラストができることから、「ドーナツ現象」とも呼ばれている。

 年齢的には55歳以上にボリス支持が多く、45歳未満にリビングストン支持が多い。また、スイング層は45歳から55歳が多い。職業をもとに決まる社会階級[2]としては、上からA、B、C1にはボリス支持が、C2にはスイング層が、DとEにはリビングストン支持が多い。性別ではボリス支持層には男性が多く、リビングストンの支持層は男女が混在しており、スイング層の多くは女性であった。投票の意思に関しては、ボリス支持層やリビングストン支持層は投票の意思が固い一方で、スイング層は投票するか否かが流動的である。

 この状況のなかで、ボリスが再選を果たすためのターゲットとなる有権者として、次の2つのターゲットグループが設定された。

 1つ目のターゲットグループは、ボリスに対するポジティブなキャンペーンのターゲットであり、それは、ボリスにとってのベース層とスイング層である。取り分け重要となるのが、勝負を決するスイング層だ。

 ただ、これだけではWhoを定義したとは言いづらい。典型的なスイング層が45歳から55歳、女性、社会階級はC2……などと言ったところで、実際のアクションに結びつかないからだ。

 より効率的にスイング層を取り込むためには、どこに注力するべきなのか。それは、保守党やボリス支持層の多いアウターロンドンにおける、投票意思が流動的なスイング層である。アウターロンドンにおいて、ボリスへのポジティブキャンペーンの裏返しで、市民が何がリスクにさらされているかを訴え、投票率が上昇することでボリスの得票率も上がるという仕掛けである。

 アウターロンドンは20の特別区からなるが、より精緻なデータである地方議員選挙地区(electoral ward)を用いると、ロンドン全体の630程度の地区のうち、300を超える約半数が選挙活動の優先地区として特定された。これは、有権者のプロファイルで示されたターゲットが、地理的なターゲットに翻訳されたということを意味する。これによって、その後のアクションに対する意味合いを抽出することができるのである。

 選挙終盤の最後の数日、私が長時間バスに揺られて中心地から遠く離れた地域へ行き、ボリスへの投票を呼び掛ける活動をしていたのは、まさしく上記のような決定に基づいていた。また、同様のプロセスを経て、300を超える選挙地区に対しては、ボリスのポジティブキャンペーンのための大型ポスターを掲示する約1000の場所が選定された。

 2つ目のターゲットグループは、対立候補のリビングストンに対するネガティブキャンペーンのターゲットであり、それはボリスにとってのアンチ層である。

 なかでも、労働党支持層の多いロンドン中心部における、リビングストン個人に多少なりとも猜疑心を持つ労働党支持者だ。労働党支持層の多いロンドン中心部を優先対象として、リビングストンからの離反を誘うメッセージを提供することで、対立候補のベース層の切り崩しを行うという仕掛けである。ボリスのポジティブキャンペーンと同様に、ここでも有権者のプロファイルで示された情報が、地上戦を戦う際の地理的なターゲットに翻訳された。

 リビングストンや労働党の牙城であるキングス・クロス駅周辺で、私がリビングストンのネガティブキャンペーンのビラを配っていたのも、まさしくこれが理由であった。同じように、ロンドン中心部でもっとも交通量が多く、かつリビングストンの地盤となっている地域で、約10の大型ポスターの掲示場所が選定された。

 選挙の場合、「誰に、何を、どのように」の「どのように」(How)の部分で、大量のボランティアによる人海戦術での戸別訪問、電話、手紙というメディアが効果的であるということが、その特徴である。

 そして大量のボランティアというリソースを投下する先は、「場所」(place)で示すことがもっとも明確だ。大型ポスターの掲示についても同様だ。そのため選挙においては、WhoからWhereへの翻訳が、「場所」を切り口として行われることが非常に重要となるのだ。

 かくして、ポジティブキャンペーン(Back Boris 2012)とネガティブキャンペーン(Not Ken Again)のターゲットとなる有権者のプロファイルと地区が特定され、それらが同時並行で行われることとなった。

 次回は、クロスビーが常々「キャンペーン戦略ではメッセージが最も重要である」と言うように、メッセージのつくり込みについて解説する。

[2] 英国にはNRS Social Gradeと呼ばれる、世論調査で用いられる社会階級の定義が存在する。A、B、C1、C2、D、Eの6段階で構成される。Aは上級管理職やプロフェッショナル職など、Bは中間管理職など、C1は管理職または事務職員など、C2は熟練技能者など、Dはそれ以外の技能労働者など、Eは無職などである。
 

 次回更新は8月21日(金)を予定。