ボリス陣営が劣勢に追い込まれた理由

 まずは、2012年のロンドン市長選挙の背景を把握するために、過去のロンドン市長選挙を簡単に振り返りたい。

 現行のロンドン市長の制度ができた最初の年である、2000年の市長選挙では、当時、労働党所属の下院議員であったリビングストンが無所属として立候補した。リビングストンは労働党の公認を得られなかったが、結果的には、労働党候補や保守党候補のスティーブ・ノリスを破り、初代ロンドン市長に就任した。

 続く2004年の選挙では、リビングストンが労働党候補として立候補し、保守党のノリスを破り再選を果たした。また2008年の選挙では、国政で労働党が徐々に勢いを失うなかで、当時の保守党の下院議員であったボリス・ジョンソンが保守党候補として立候補し、リビングストンを破り初当選した。

 そして2012年の選挙では、ボリスとリビングストンそれぞれが、選挙のおよそ1年半前に保守党と労働党の双方から公認を獲得して、またしても両者による事実上の一騎打ちとなることが確実であった。なお、その他の主要候補としては、緑の党のジェニー・ジョーンズ、自由民主党のブライアン・パディック、無所属のシボーン・ベニータなどが出馬を表明している。

 2012年の情勢がボリスにとって厳しいことは、選挙結果を占う世論調査にも表れていた。2010年の10月、2011年の2月と6月までは、世論調査でボリスが安定的な差をつけてリードを保っていたものの、選挙を4ヵ月後に控えた2012年1月の時点で、わずかながらリビングストンに逆転を許していたのだ。

 その理由は大きく3つあった。

 1つ目は、2011年の8月、ロンドンで1週間弱にわたって発生した暴動である。これは現職市長であるボリスにマイナスに働いていた。

 2つ目は、リビングストンが発表した公共交通機関の運賃値下げに関する公約のインパクトである。ロンドン市長が持つ権限の中で、交通に関するものは有権者にとってもっとも関心の高い事項の一つである。その運賃を7%値下げするという公約を発表したことで、一部の有権者がリビングストン支持に動いたのだ。

 3つ目は、2011年後半から顕著であった、国政におけるつまずきである。それによって、保守党全体の支持率がじりじりと落ちてきていたことが挙げられる。

 ここで、ロンドン市長選挙の選挙制度にも簡単に触れておきたい。

 市長選の選挙方式は補足投票制(Supplementary Vote)と呼ばれるものであり、有権者は第一候補と第二候補の候補者を選択する。仮にどの候補者も過半数の第一候補を獲得できない場合には、まず上位2人以外の候補の落選が決まる。その後、それら落選議員に第一候補票を投じた有権者について、彼らの第二候補票のうちで上位2人に投票されている票が各自に振り分けられ、その合計得票数で過半数を獲得した候補者が当選となる。

 この仕組みにおける、ターゲット設定の重要な意味合いは何か。

 その特徴は、それが第一候補の投票結果だけで決着がつくにせよ、第二候補の投票結果まで含める必要があるにせよ、候補者は過半数の有権者に自分の名前を書いてもらう、チェックをつけてもらう必要があるということだ[1]。言い換えれば、それだけの幅広い有権者をターゲットとして設定する必要があるということだ。

[1] 厳密には、第一候補と第二候補ともに主要二候補以外に投票する有権者が存在するため、第二候補も含めた主要二候補の総得票数は有効投票数よりも少なくなる。