共特化の経済性原理

 この連載で繰り返し説明したように、ダイナミック・ケイパビリティとは、ゼロから新しいものをつくり上げる能力ではない。環境の変化に対応して、これまで競争優位を生み出してきた既存のルーティン、ケイパビリティ、資源、知識、資産を再構成するより高次のメタ能力のことである。しかも、それは自社の資産や知識だけではなく、必要とあれば他社の資産や知識も巻き込んで再構成したり、再配置したりするオーケストレーション能力でもある。

 ティース教授は、このダイナミック・ケイパビリティを具体的に以下の3つの能力に区別した。

<1> Sensing:感知
 変化する環境の中で機会を感知する能力。環境変化に伴う脅威や機会を感じとる能力。
<2> Seizing:捕捉
 その機会を捕捉する能力。見出せる機会を捉えて、既存の資源、ルーティン、知識を様々な形で応用し、再利用する能力。
<3> Transforming:変革
 企業境界の内部・外部に存在する資産の結合・再結合・再配置を通じて、脅威を和らげるマネジメントを実行する能力。より正確にいえば、新しい競争優位を確立するために、企業内外の既存の資源や組織を体系的に再編成し、変革する能力。

 そして、もし再び市場の新しい変化に伴う新たな脅威や機会を感じとるならば、再び同じプロセスをたどることになる。このような能力の下に、企業は持続的な競争優位を確立でき、生存することができるというのがティース教授の考えである。

 ダイナミック・ケイパビリティ論で重要なのは、環境の変化に対応して、企業が既存の資源、資産を再構成、再配置、再利用する点にある。この再構成、再配置、再結合に関して、ティース教授はある原理を示唆している。すなわち、「共特化(co-specificity)の原理」である。この原理を洗練化することも、ダイナミック・ケイパビリティ論の課題であろう。

 この共特化の経済は、「範囲の経済」とは異なるものである。範囲の経済は、ある共通の資源の下に、異なるビジネスを多角的に展開することによって得られるメリットであり、分離によるメリットのことでもある。たとえば、シャネルなどのブランドネームの下に、香水、バッグ、そして服を製造し、販売することは、範囲の経済を実現することになるだろう。

 これに対して、共特化の経済は逆である。2つ以上のものを統合することによって得られるメリットのことである。それは、あたかも2つの異なるものを融合させる化学反応のようなものである。

 たとえば、ティース教授によると、OSとアプリケーションの関係、自動車とガソリンスタンドの関係、クレジットカードとそれを使用できるお店の関係、美術館とカフェの関係などの関係である。それぞれ単独で特殊化した場合、必ずしもメリットがないが、これら特殊なもの同士が相互に結びつくことによって、より大きなメリットが発生するような特殊な資源や資産の結合のことである。

 環境が変化し、それに適応するように、既存の資源や資産、そして企業外の資源や資産さえ再構成、再配置する場合、この共特化の経済性原理に従うことが重要だということ、これがティース教授のダイナミック・ケイパビリティ論なのである。

 もちろん、この特殊な資源や資産の再配置に、2つ以上の企業が関係している場合、ウイリアムソン教授が指摘するように、この特殊な関係があるために、相互に駆け引きしやすい状況に置かれることになる。それゆえ、取引コストが高い関係となるだろう。しかし、ティース教授は、それ以上に共特化によるメリットがあるという。