同じように見えるファストファッションでも企業によって異なる要求をされ、それに逐一応えなければ生き残れない時代ということですね。

 そうです。30年ほど前のファスナーは、“Price must be reasonable, quality must be better, delivery must be yesterday.”の3つがポイントでした。いまも変わらない部分もありますが、現在はお客さまが多様な方向に進歩し、その一つがファストファッションです。

 ご存じの通り、中国が低コストでアパレルの製造を請け負い始めたことで、ヨーロッパの企業もこぞって中国に進出しました。一方で、そうではないつくりをしたいと考える会社もあります。

 彼らは、ファッションが得意なヨーロッパに自社がある強みを活かし、新しいファッションをどんどん発信した。トレンドを素早く取り入れながら、徹底的に低価格の衣料品を短期間に大量生産し、販売するのです。最新のトレンドが発表されると、すぐに同じようなファストファッションが雨後の筍のように出てきます。ファッションのトレンドそのものをめまぐるしく変えるようにもなっていきました。

 すると、消費者もそれに慣れて、ワンシーズンで服を着なくなるように変わる。その結果、製造側も「服なんてワンシーズンもてばいい」という発想になり、そのぶん安くしてほしい、納品のスピードを上げてほしいという要求も出てきました。

 要するに、これまでは価格、品質、納期をシンプルに考えればよかったものが、いまはお客さまの要求にそれらが複雑に入り組んできたのです。その組合せをどう考えればよいか。それに対応するものがワン・トゥ・ワン・マーケティングです。言い換えれば、個別にやっていくしかない時代になった、ということでもあります。

「安定」という言葉が大っ嫌い

時代の変化に合わせて、マーケターもこれまでとは違う能力が求められると思います。どのような能力が必要ですか。

 デザインの原理原則は同じなのかもしれませんが、そのパターンやバリエーションがかなりの勢いで増えています。ましてや、インターネットの時代ですから、世界のどこに飛び火して何が起こるかわからない。それを追いかけるだけでも、かなり大変だと言えます。

 当社のマーケターは、欧米やアジアのトレンドを調べて、これからはこういう色が流行りそうだとなれば、早い段階から準備をしておき、お客さまに提案できるようにしておく必要がある。色のトレンドならまだ単純です。ファッションの場合はいろいろな要素が複雑に絡み合っているので、一筋縄ではいきません。

 世界的に流行するデザインもありますが、デザイナーのなかには「流行なんて関係ない。自分のデザインをつくる」という人も少なくありません。かつては、一つのトレンドが世界中に円のように広がっていくという現象がありましたが、いまはそうした画一化はかなり崩れていると言っていいでしょう。

 その一方で、ビッグブランドやスーパーブランドでは、いまもある程度はデザイナー中心に動いています。当社では、ファスナーを使用いただくイタリアやフランスのブランドとともに、トレンドを追いかけています。たとえば、ハンドバックの金物部分をどうメッキするかなどを共同で研究しています。同じ金色でも青みがかった金もあれば、赤みがかった金もある。彼らとともにトレンドを確認しながら、提供すべき製品を事前に準備しています。

御社はスライドファスナーのグローバルトップブランドとして、非上場で安定的な経営をされているため、そうした積極的な取り組みは意外にも感じます。

「そもそも、私は『安定』という言葉が大嫌いで、社員がそう思うことを最も恐れています」

 いえいえ、安定なんてしていませんよ。そもそも、私は「安定」という言葉が大嫌いで、社員がそう思うことを最も恐れています。安定した経営には決して成長がないというわけではありませんが、安心感と満足感に浸って短期的な安定で喜びを得てしまうと、後続にすぐに追い付かれてしまいます。

 豊かになるほどハングリー感はだんだんと小さくなっていくものですが、頭を使って知恵を絞り、競争には勝ち続けられるように社員の意識をあおり立てておく。経営者とは、それをやらなければいけない存在だと思っています。

吉田さんのそうした競争意識は、米国留学時代に培われたものですか。

 そうですね。教えるほうも、また教わるほうも、卒業して本当の意味で競争の最前線に立つことを前提にしているため、競争原理は叩き込まれました。

 もちろん、米国の考え方ややり方がすべて正しいかはわかりません。いまや、米国も安泰ではないでしょう。ただ、米国のビジネススクール自体が競争社会の中に置かれているので、彼ら自身の競争に対して敏感なのは確かです。安心感を持てなんて絶対に教えてくれません。

 幸い、我々は世界中に足を踏み入れることでいろいろな刺激を受け、叱られたり、文句を言われたり、競争に負けて悔しい思いをしながら、そうした経験を積み重ねてきました。会社としてのそうした経験をともにしており、それが自然と染み込んでいると思います。

後編更新は8月15日(土)を予定。

 

【編集部からのお知らせ】

10月13日・14日の二日間、世界中からマーケティングの叡智が結集!

ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2015

日程:2015年 10月13日(火)9:30~18:15
       10月14日(水)9:30~17:15
会場:グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール3F「北辰」(東京都港区高輪3-13-1)
登壇:フィリップ・コトラー(ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 教授)、ドン・シュルツ(ノースウェスタン大学IMC名誉教授)、高岡浩三(ネスレ日本代表取締役社長兼CEO)、吉田忠裕(YKK代表取締役会長)、岩田彰一郎(アスクル代表取締役社長兼CEO)、宮坂学(ヤフー代表取締役社長)ほか。
詳細http://wmsj.tokyo/
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2015年8月31日(月)までにお申し込みいただくと、通常80,000円(+消費税)が60,000円(+消費税)になる特別割引実施中!