1:「Who-What-How」でターゲットに訴求する

 クロスビーがその手腕をふるった数多くの選挙の一つひとつは、さまざまな面で異なる。

 オーストラリアと英国では、国政選挙の選挙制度は同じではない。基本的な違いとして、オーストラリアでは投票が国民の義務とされ罰金制度があるため、投票率が100%に近いという特徴などもある。また英国国内で比較しても、一つの市長の座を争うロンドン市長選挙と、650議席を小選挙区制で争う総選挙では、その選挙制度を含めて根本から異なっている。

 それぞれの選挙で採用する戦略も異なるにもかかわらず、クロスビーはなぜ、それぞれの選挙で成功を収めることができたのか。そこに一貫した戦略的フレームワークが存在するからである。

 それは詰まるところ、ビジネスの世界におけるマーケティングでも同様である、「誰に、何を、どのように伝えるか(Who-What-How)」または「ターゲット、メッセージ、メディア」というフレームワークである。

 ロンドン市長選挙であれ、英国の国政選挙であれ、それがいかなるキャンペーンであっても、キャンペーンの目的は変わらない。結果を決めるターゲットの行動に影響力を与えるために、ターゲットの考え方や感じ方を変える、もしくは、彼らがすでに持っている考え方や感じ方を強めることである。

 キャンペーンを行う当事者にできることは、あくまでも、ターゲットを定めて、彼らに訴求するメッセージを構築し、なるべく彼らがそれらを受け入れやすい形と場所で提供することだ。そして、そのための活動を最適化するために、誰が結果を左右するのか(who decides the outcome)、彼らにとって何が大事なのか(what matters to them)、彼らにいかにアプローチするべきか(how to reach them)という問いに答えることが求められる。その答えがターゲットとなり、メッセージとなり、そしてメディアとなるのだ。

 もちろん、選挙とビジネスには多々違いがある。選挙の場合、その結果は当選か落選かというあまりにもデジタルなものであり、そこに向けたターゲット設定が極めて重要であることもその違いの一つだ。また、メッセージ内容にしても、ビジネスであれば競合をあからさまに非難することは避けられがちだが、選挙の場合にはそうした攻撃も行われる。

 さらに、メッセージを届ける期間やメディアにしても違いが大きい。選挙の場合は、より短期集中と長期展開の両刀である。かつ、選挙のメッセージを伝えるメディアは、広告や店頭のパッケージなどと異なり、マスメディアの報道など、みずからがコントロールできないPR活動が大きな役割を占める。

 だが、選挙キャンペーンの目的である「『有権者の投票行動』への影響」を、「『消費者の購買行動』への影響」に置き換えれば、ビジネスのブランディングの目的と重なると言える。

 ビジネスでもまさに、「消費者の購買行動」に影響を与えるために、消費者の考え方や感じ方を強める、あるいは変えることが、ブランディングの目的である。そしてビジネスにできることもまた、自社のビジネスにとっての結果を左右する重要なターゲットを定めて、彼らに訴求するメッセージを構築し、なるべく彼らがそれを受け入れやすい形と場所で提供することである。

 こうした意味で、「誰に、何を、どのように伝えるか」というフレームワークは、政治やビジネスという枠を超えて、そして、政治の中でも選挙制度を超えて、共通のキャンペーン戦略のフレームワークなのである。