辞めたあともgiveし続けてきたことが
フラットな関係を築いた

篠田:会社を去ったあとの話も聞かせてください。尾原さんは、転職をするごとに会社との関係が成熟されていったと感じます。その一方で、辞めたあとのアライアンス関係はどうなりましたか。

尾原:僕が絶対にやると決めているのは、辞めたあともgiveし続けることです。辞めた直後は「おまえは裏切った」「うちを踏み台にした」と言われることもあります。誠意を尽くして互恵的な関係でいようと努力しても、そう受け取ってもらえません。でも、諦めないで、giveし続けます。これは僕の意思です。

 自分が好きで入った会社から嫌われるのは嫌じゃないですか。嫌いで辞めるわけではないですからね。貴重な年月を費やした過去を否定するなんてもったいない。僕の誇りは、辞めた会社から戻ってこいと言われること、いつでも遊びに来ていいよと言ってもらえることです。北風と太陽じゃないですけど、giveし続けていると人の心が溶ける瞬間があるんですね。

篠田:尾原さんが働くときの観点は会社ではなく個人ですが、私も含めて一般的には「会社対自分」というイメージを持ってしまいます。だから構えたりおもねったり、歪んだ動きになってしまう気がします。徹底的に個人にフォーカスしているからこそ、自分の心をフラットに持っていけるんでしょうね。

尾原:僕の中でフラットな経験をさせてもらえたと感じているのは、阪神・淡路大震災のときです。あのときは、現実に動ける人間しか行動ができなかったので、会社だの自治体だの個人だの言っている場合ではなかった。社会的仕組みが崩れたんですね。当時は、ボランティアや支援物資をどの避難所に送ればいいかわからない状態でした。区役所が指示を出すと、アンフェアが生じてしまいます。しかも、送ったボランティアが怪我でもしたら、区役所が保障しなければならない。区役所が及び腰になっているのであれば、そのリスクを僕らが引き受けて、神戸大学の方々と一緒にマッチングのボランティアグループを立ち上げた。その相手が市長や会社社長ということもありました。でも「申し訳ないけど現実に飢えた人間がいるのだから、食糧出してよ」と言えば、事態が動いたんですね。もちろん、動いてくれた相手にも有形無形のメリットは提供します。だから、互恵的な関係さえ成立すれば会社も個人もなくフラットな関係になり得るということがわかったんです。

 それはおまえがgiveできるものを持っているからじゃないかと言われることもありますが、僕だって最初から持っていたわけではありません。「わらしべ長者」のように相手にgiveできるものを少しずつ増やしていったからこそ、フラットでいられたのです。

篠田:いや、膨大な努力をされていると思いますよ。尾原さんがそれを努力と思っていたかどうかはわかりませんけれど。