営業は「卓越した黒子」であるべき

――信頼関係を築くためには何をすべきだとお考えですか。

 我々は広告の仕事をしているので、広義の広告に関する専門性はもちろん重要です。ただ、最も大事なのは謙虚さだと思います。自分に対しても、クライアントに対しても謙虚であることです。

 謙虚の反対は傲慢です。電通は業界では有力な立場にあり、数千社の顧客を抱え、ほとんどのメディアとお付き合いがあります。仕事がうまくいった時、大きな手ごたえを感じられた時など、自分でも気づかぬうちにいくらでも傲慢になる要素はある。だからこそ、常に謙虚であることに自覚的であるべきです。

 ただし、謙虚であれとは、けっして控えめであれということではありません。自分自身に対して常に冷静、真摯であれということです。成功体験の共有や一時的に自己満足に浸ることが悪いとは言いませんが、クライアントからの、会社からのさらなる期待に応えていくためにも、営業こそ、みずからの仕事に厳しく向き合い続けなければなりません。

――「信頼されること」と「好かれること」には違いがあります。間違えると「顧客の歓心を買う」ことにもつながります。

 おっしゃる通りで、好かれることだけを考えていたら、相手が嫌がること、顧客にとって耳が痛いことは言わなくなるでしょう。短期的にはそれでも勝負できますが、長期的な信頼は得られません。

 それをどう克服するかといえば、自分が顧客から「パートナー」であると位置づけられることを、ゴールに据えるべきだと思います。顧客のビジネスにおいて、より本質的な課題を共有するに足る存在と見なされるためには、完全に自分と同じ世界にいるな、と思ってもらえないといけない。またそうでなくては、顧客が直面している本当の課題を理解することはできないはずです。

 電通の人間でありながらも、どれだけ相手の本質にコミットできるか。それこそが、単なる「好かれる」を超えた信頼を得るための力ではないでしょうか。

――クリエイティブの仕事は成果に対する社会的評価がわかりやすい一方で、営業は黒子の存在です。いかにモチベーションを高めればよいのでしょうか。

「仕事を創る最前線にいられること。それ自体が営業のモチベーションなのです」

 たしかに、クライアントから評価してもらえた時、クリエイターやプランナーはわかりやすく自分の成果だと思うことができますが、営業には成果物が残るわけではありません。ただ、チームとして、それをすべてプロデュースしたのは営業です。社内では間違いなくそういう論理で理解されていると思います。営業にとって、それはモチベーションを高める一つの要因ではないでしょうか。

 電通には、定期的に、営業のマネジメント職全員が集まる機会があります。そこで毎回触れているのが、まさに「黒子」という言葉です。私は、営業とは「卓越した黒子」であるべきと思っています。単なる黒子ではなく、誇りを持ち、エクセレントと言ってもらえるような黒子であろう。営業に限らず、社員にはそのように伝えています。

 戦後に電通ビジネスの礎を築いた第4代社長吉田秀雄の遺訓である「鬼十則」は、「仕事は自ら『創る』べきで、与えられるべきでない」という一文から始まります(図表「電通『鬼十則』」を参照)。全員が営業的な意識を持っていることが理想ではありますが、仕事を創るという環境に最も近いのが営業であることは確かです。受注や提案も含め、営業は常にフロントにいる存在なので、顧客の課題をどう解決するかを具現化しやすい立場にあるといえます。

 仕事を創る最前線にいられること。それ自体が営業のモチベーションなのです。

――仕事を創るという意味では、営業の仕事は花形だといえますね。

 花形といえば花形でしょう。しかし、クライアントからお金をいただくわけなので、当然そこには厳しさがある。場合によっては、相当難しい要求に応えなければならない場面もあります。「できません」では仕事にならないので、それらの要求を真摯に受け止めなければいけません。

 一般に、広告会社の営業にスポットライトが当たっているわけではないとは私も思います。ただ、自分が会社の中心を担っているという自覚は全員が持っているとも思っています。当然ですが、つらいこともあれば、うれしいこともある。変化の激しい環境そのものを醍醐味と感じられないようでは、営業で成果を上げることなどできないでしょう。

 

電通「鬼十則」(第4代社長吉田秀雄の遺訓、1951年)

一. 仕事は自ら「創る」べきで、与えられるべきでない。
二. 仕事とは、先手先手と「働き掛け」て行くことで、受け身でやるものではない。
三. 「大きな仕事」と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
四. 「難しい仕事」を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
五. 取り組んだら「放すな」、殺されても放すな、目的完遂までは……。
六. 周囲を「引きずり回せ」、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
七. 「計画」を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
八. 「自信」を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
九. 頭は常に「全回転」、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
十. 「摩擦を怖れるな」、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 

※本インタビューの全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年8月号の特集「営業のモチベーション」に掲載されています。