都市が抱える社会課題を、オリンピックを契機に解決する

藤井 他方で、ロンドンオリンピックは、都市が抱える社会課題の解決をオリンピック・レガシーと結びつけることで、オリンピックで何をすべきか、というビジョンを明確にしたことが成功要因だったといわれています。

白井 はい、ロンドンもオリンピック・レガシー成功事例の一つといえると思います。実際、バルセロナを参考にしながら都市開発が進められました。

 ロンドンオリンピックでは、招致の段階からレガシーをキーワードに挙げ、オリンピック開催後も地域振興に向けて施設を活用していく、というビジョンを掲げて招致プレゼンテーションをしました。このようなレガシーを意識したプレゼンテーションは、おそらくロンドンが初めてだったのではないでしょうか。
 オリンピック会場の中心となったロンドン東部は、西部に比べて低所得者層や社会的弱者が多く住むエリアで、彼らがオリンピック後に健康で文化的な生活を送ることができることを目指し、このエリアに集中投資を行いました。これは“Equality and Inclusion Policy”という明確なビジョンがあったからできたことです。

藤井 オリンピックを契機として都市の社会課題解決を図るにあたり、空間的にはどのような戦略があったのでしょうか。

白井 オリンピック施設をどのように配置するかという視点が、その後の都市空間再編に大きな影響を及ぼしますが、その手法は開催都市によって異なります。例えばバルセロナは4つのエリアに施設を集約し、それらをつなぐようにインフラを整備する「多核型」、ロンドンは多くの施設を1カ所に集約する「一極集中型」でした。両方とも都市の社会課題解決を空間の再構築により手掛けていく点は類似していますが、空間の作り方は大きく異なっています。さらにはこれらの「集中型」と対をなすものとして施設が都市に散らばる「分散型」という手法もあります。1984年のロサンゼルスがとったのがこの手法です。

藤井 「分散型」と「集中型」ではどちらのほうが望ましいのでしょうか。

白井 一般的にオリンピック招致の場面で「分散」というコンセプトは大会運営面などの点から、あまりよいイメージを持ちません。「集中」「集約」「コンパクト」という言葉のほうがセキュリティやロジスティックスの点でよい印象を与えます。
 ただし、レガシーという観点から見ると、分散は必ずしも悪いものではないと思います。というのもオリンピック施設が集まる「オリンピック・パーク」が都市の大きな「核」となる「集中型」は、その後都市にどのように溶け込んでいくかという点で大きな課題を残しているからです。
 実際、ロンドンの場合、貧困地区の格差解消を目指して集中開発したにもかかわらず、オリンピック終了後に、新たに別地区の中産階級がそこに数多く流入してきたために、その地区の中で見ると、元々住んでいた低所得者層と中産階級との間で逆に格差が目に見えて際立ってしまう弊害もありました。また短期間の巨額な投資でできた「オリンピッック・パーク」は周辺地区とは異なる空間構成をしており、オリンピックが空間的・社会的バリアを作り上げたといえなくもないのです。
 そういった意味では、空間単位の小さい分散型のほうがオリンピック効果を大会後にこれまでの都市になじませることが容易であるともいえそうです。

藤井 本当の意味でレガシーを社会課題解決に活かすためには、そのような考慮も必要ですね。ロンドンは、オリンピックによってパブリックセクター(行政)のあり方も変わったと聞いています。

白井 はい。これも意外に知られていないのですが、ロンドン市は2000年まで東京都のような行政単位を持たず、小さな区の集合体でした。つまり事実上ロンドン”市”は存在しなかったのです。1986年にサッチャーが小さい政府を提唱してロンドン市を消滅させ、その後はエリア一体を統括する政府機能がなく、グローバルにおける競争力が落ちたといわれています。そして1990年代末にオリンピック誘致の話が出始め、招致活動の母体が必要となったためにロンドン市を2000年に復活させ、都市としての主体性を持たせることができるようになりました。

藤井 なるほど。ロンドン市はまさに、オリンピックを契機に、都市の社会課題解決のために生まれた都市、ともいえるのですね。