レギュラーコーヒーというカテゴリーは、基本的にはローストしたコーヒー豆の粉末をパッキングして、それを店頭に並べて売るのが一般的ですが、ネスレ日本の場合、それを自社のコーヒーマシン専用のカプセルとして販売しています。この新しいセグメントをつくり、そのなかでネスレ日本のシェアは約90%です。また、キットカットの「オトナの甘さ」シリーズについても、甘さを控えた大人向けのチョコレートという新しいセグメントつくった例です。

 また、「ネスカフェ アンバサダー」のビジネスモデルは、まったく新しいものです。マシンの性能を模倣することはできるかもしれませんし、コーヒーの味を似せることもできるでしょう。しかし、アンバサダーを長期にわたり動機付けしながら、会員組織として運営するノウハウは他社にありません。それは外からは見えないので、模倣されにくいのです。トヨタ自動車の「カンバン方式」のように、表面的な仕組みを開示したところで、優位性を失うことはありません。

 このように、新しいビジネスモデルや新しいサブセグメントをつくれたものだけが、イノベーションだと思います。こうした取り組みは価格競争にさらされる可能性も低いため、長期にわたり売上げと利益を生み出すことができるのです。

イノベーションは集団からは生まれない

イノベーションを体系的に起こすのは難しいと言われていますが、何をすべきなのでしょうか。

「何人もが集まって議論すれば、その集団で発言力のある人間に反対することは難しい。たとえ自分の発言に自信を持っていたとしても、言えない状況が生まれることは仕方ないでしょう」

 社内でイノベーションを起こし続けるためには、リーンスタートアップの考え方が必要です。言い換えれば、みずからアイデアを生み出し、仮説検証を繰り返しながら大きな成功に結びつけることが重要なのです。そのためには、アイデアはもちろんですが、仮説を持つことと、それを実行する力が欠かせません。それを練習する場として社内で開始したのが「イノベーションアワード」です。

 イノベーションは集団では生まれません。個人からしか生まれないと私は考えています。何人もが集まって議論すれば、その集団で発言力のある人間に反対することは難しい。たとえ自分の発言に自信を持っていたとしても、言えない状況が生まれることは仕方ないでしょう。これは日本人に限らず、外国人も同じですよね。

 そのためイノベーションアワードには、アイデアを持つ個人で参加する形をとりました。仲間が必要であれば、自分で探せばいい。ネスレのスイス本社もこの仕組みを評価しており、アジアに広げたいと考えているようです。

ネスレグループとしてもイノベーションに課題を感じているのでしょうか。

 そう思います。人口が爆発的に成長する市場において、イノベーションはあまり求められません。既存の市場でトップシェアを確保することが、すなわち成長を意味しているからです。

 長い歴史と強力なブランド力があり、同じ地域で長期的に展開することによって大きなシェアを維持できていますが、製品やサービスそのものにわかりやすい画期的なものがあるかといえば、必ずしもそうではない。どちらかといえば、新興国の成長モデルを前提にしていることは事実だと思います。

 先日、ネスレのスイス本社に対して、ゾーンAOA(アジア、オセアニア、アフリカ)のマーケティング責任者はシリコンバレーの動きを視察すべきだと提案しました。大企業こそ、ベンチャー企業のようなスピード感を学ばなければ、変革は生まれないでしょう。

 私は、この時代に日本法人の社長を務めていることを非常に幸運だと思っています。完全な成熟市場における厳しいマーケット環境において、利益ある成長をするためにはどのようなモデルが必要かを考える機会になりました。ヨーロッパの先進国は同じ状況を迎えたいま、彼らに対して一つのモデルを提示できたと思っています。

 いまは製造業を中心に日本企業が好調だと言われていますが、為替の変動で利益を生むのは本質的ではありません。ひとたび円高に触れれば一気に崩れ落ちる可能性があり、決して安閑としていられないと私は考えています。ネスレ日本についても、好調を続けている状況にありますが、けっして現状維持ではいけないという危機感は常に持っています。

後編は、6月26日(金)更新予定。

 

【編集部からのお知らせ】

10月13日・14日の二日間、世界中からマーケティングの叡智が結集!

ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2015

日程:2015年 10月13日(火)9:30~18:15
       10月14日(水)9:30~17:15
会場:グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール3F「北辰」(東京都港区高輪3-13-1)
登壇:フィリップ・コトラー(ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 教授)、ドン・シュルツ(ノースウェスタン大学 IMC名誉教授)、高岡浩三(ネスレ日本代表取締役社長兼CEO)、吉田忠裕(YKK代表取締役会長)、岩田彰一郎(アスクル代表取締役社長兼CEO)、宮坂学(ヤフー代表取締役社長)ほか。
詳細http://wmsj.tokyo/
申込:お申し込みはこちらから。
2015年8月31日(月)までにお申し込みいただくと、通常80,000円(+消費税)が60,000円(+消費税)になる特別割引実施中!