我々が特に気に入っている例は、決済ソリューションを提供するコイン(Coin)のプロトタイピングだ。コインの創業者たちは、ほとんどの人々が何枚ものクレジットカードを持ち歩きたがらないということを察し、複数のカードの情報を内蔵した1枚のデジタル・クレジットカードを作るという発想に至った。そこで、このわかりやすい動画を作成し、まだ世に存在しないその製品の特徴を説明して、需要を検証するために事前注文を募った。これにより、発売予定時期の1年以上も前に数万枚のカードが売れたのである(その後発売予定は2015年春に延期、現時点で事前注文のみ)。ビデオ(仮想プロトタイプ)を活用しただけで、彼らは顧客の購買意欲を検証し、顧客が最も重視する機能について詳細な情報を入手できたのだ。

 最後のステップとして、漸進的なイノベーションは既存のビジネスモデルを強化できるが、革新的なイノベーションはビジネスモデルの変更を要する場合が多い。したがって、適切なビジネスモデルを見出す実験が必要だ。とりわけ市場投入戦略、あるいは顧客に製品を発見、評価、購入、使用してもらい関係を築くための、独自の方法を見極めなくてはならない。ここまではよく知られていることだが、新たに留意すべき点がある。自社のイノベーションに見合った市場投入戦略を見つけるために、顧客とより深く関わる必要があるのだ。

 市場投入戦略の変更は、時には単純な方法で済む場合もある。メルクは数年前に新たな抗うつ剤(セロトニン再取り込み阻害薬)を発売した。それまで多くの患者に処方されてきた、プロザックと同じ効能を有していたにもかかわらず、売上げは非常に芳しくなかった。医師と患者へのインタビューを繰り返すことで、ようやくあることが判明した。顧客はこれらの製品を特定の言葉と結びつけて捉えていたのだ。メルクの新薬は「うつ病」に対する効能ではプロザックと競合していたが、「不安」に対する効能では競合製品が少ないことがわかった。そこで、不安に効くという言葉を軸に製品を再度発売したところ、数十億ドルもの売上げを達成したのである。

 ここまで述べてきたイノベーションの諸要素を明確にした後に、規模拡大の準備は整う。それをせぬまま展開を広げれば、価値の真の源泉が曖昧となり、貴重なリソースが浪費され、イノベーションは台無しになるだろう。

 イノベーションのプロセスは複雑で非直線的だが、我々が調査したイノベーションは総じて似たようなステップを踏んでいた。あなたが問題を特定する段階にあるのなら、以降は順にステップを踏んでいけばいい。すでに技術や製品がある場合は、解決すべき問題を理解するところに立ち返ろう。アンケート調査や市場調査に依存せず、一連のプロセスを通して顧客の心理や嗜好をできるだけ深く探り、その理解に努めるのだ。そうすれば、イノベーションのリスクを完全には解消できずとも劇的に軽減し、失敗した時のコストを著しく減らし、ホームランを打つチャンスを何度も得られるはずだ。


HBR.ORG原文:Choose the Right Innovation Method at the Right Time December 31, 2014

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ネイサン・ファー(Nathan Furr)
ブリガム・ヤング大学マリオットスクール・オブ・マネジメント助教。アントレプレナーシップを担当。著書に『成功するイノベーションは何が違うのか?』(翔泳社)およびNail It then Scale It(NISI Publishing)がある。

ジェフリー・ダイアー(Jeffrey Dyer)
ブリガム・ヤング大学マリオット・スクール・オブ・マネジメントのホレス・ビーズリー記念講座教授。戦略論を担当。共著に『イノベーションのDNA』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』(ともに翔泳社)などがある。